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Column

月 長 石

 人生でやり残したことはないだろうか?と考える時を迎えたのか?ということでもないが、時間が出来たらどうしても読んでおきたい書物が二冊あった、いや、三冊かな、そのうちの一冊を読み始めた。ウイルキー・コリンズの「月長石」である。
 この挑戦は3度目である。これまで跳ね返されてきたのは、その厚さである。文庫本で31ミリある。文庫本の小説でこれだけ厚い本を出しているのは京極夏彦ぐらいかもしれないが、京極氏のその厚さの本の中身はフォントの大きさや1ページのスペースの取り方などで月長石の比ではない。ともかく、月長石は文章の密度も高く、量としては最後のページは779ページ。価格は1997年28版で1200円である。初版は1962年で最初は上下で分冊されていたようだ。合版になった初版は1970年にSogen Classics として出たので、ミステリー本の老舗である創元推理文庫のプライドにかけたコレクションなのかもしれない。しかし、このような名著が簡単に手に入るとしたらありがたいものである。
 厚さに限らずにいわゆる古典というものを読むのは根気がいるものである。とくに時代も国も異なる中で書かれた物語を読ませるのは相当な手練れな作家でないとむずかしいのではないか?
 ウィルキー・コリンズ(1824年~1889年)はチャールス・ディケンズと同時代の作家であり、この二人は一緒に旅行をしたくらいの親しい間柄であったようだ、因みに本書の初版本の第一号はディケンズに捧げられている。
コリンズはいわゆる、ヴィクトリア時代の作家であり、本書と「白衣の女」で一世を風靡した。本当かなと思い白衣の女を読んでみたら、上中下の長編で岩波文庫版だが時の蔵相のグラッドストーンが続きを読みたいがためオペラ鑑賞をすっぽかしたというくらい面白かったという曰く付きの本だ。まさにその本の面白さは空前絶後かもしれない。私なんかはWoman in White というミュージカルが掛かった時に前売り券を買って見に行ったくらいであった。ミュージカルは日本ではライオンキングほどオリジナルが知られていないので短い興行になってしまったが原作がもう少し知られていたら、ロングランになったのではないか?

興味深いのはコリンズやディケンズと同時代のレファニエの3人に私はなんとはなく惹かれることである。コリンズとディケンズはイギリス人だが、レファニエはアイルランド人であるが文化的、文学的に同質の様な気がしている(当時は一つの国だったかもしれない?)この三人に共通しているところはいわゆるヴィクトリア時代の勢いがあったイギリスの豊かな社会のベースの上にあるという気がするのだが、ヴィクトリア時代は中世と近代のはざまにあるような社会がもっている面白さとロマンのようなものがまだ社会で存在感を持っていた時代だったような気がしている。
シャーロック・ホームズの作者のコナン・ドイルはこれらの3人よりもうひと世代新しいが、かれにも何となくその中世性のようなものを感じるのである。
というのはコナン・ドイルの晩年は信じられない気がしたのだが妖精や心霊術の研究に没頭してその関連で生涯の最後を飾っているのである。医師であるドイルは時代を先取りした科学性はシャーロック・ホームズ譚の随所に読み取ることが出来る、たとえば血液型や指紋で犯人を特定する方法はホームズ物語の方が早かった。
それだけ科学的な眼で世界を見ていた人がなぜ?と思ったのがジョン・ディクスン・カーのコナン・ドイルの伝記本を読み終わった時の感想であった。しかし、もしかすると、ドイルはホームズ的な科学の目で妖精を探し当てようとしたのかもしれない?いずれにしても妖精というテーマを研究対象にするところが中世的なのだ。

その妖精的な部分で有名なのがレファニエかもしれない。かれの代表作が「カーミラ」という女吸血鬼を扱った名作は確か、ブラム・ストーカーのドラキュラより25年近く早く書かれている。この二人はアイルランド人であるが、コナン・ドイルも父母はアイルランド人なので、アイルランドという地にはミステリアスな文学を生みだす素地がどこかにあるのかもしれない。

それでもアイルランドという国は分からないので,wikで調べると驚くべき記述にぶつかる。なんとあの小泉八雲ことラフカディオ・ハーンもアイルランド人なのだ!コリンズ、レファニエ、ストーカー、ドイル、八雲・・・この共通性は凄い。大発見である!!
この国について、何かそれを裏付ける手がかりが欲しものだということで、地球儀を見る。随分と辺境にある。日本が東の果てとしたならば、アイルランドは西の果てという感じだ。ストリートビューで街を見るが、イギリスの地方の工業都市という感じである。
アイルランドについてのwikの写真を次々とクリックすると、イメージに近い城が目に飛び込んできた。“ブラーニー城”吸血鬼が住んでいそうな城だ・・・しかし、そうは簡単には把握できない。そういえばと思いENYAをwikで調べる・・・・やはりそうか?アイルランドという国の輪郭がおぼろげながらつかむことが出来た。
ベースにケルトと言うのがあるのだなと思い出し、「オシアン」というケルト民族の叙事詩は・・・・と思い出し調べると、これはスコットランドであり・・その上これは剽窃だという話もあるらしい?ヨーロッパでもこうなんだと思った瞬間にこれは東の果ての人間には到底理解不可能と思った。ということで手元にある最大の情報ソースである。“月長石”を読み進めよう。
                                泉 利治
2021年7月26日 

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