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Column

夜半の雨に想うCIについて

向寒の頃の夜半の雨ほど嫌なものはない。だれでもそうだろう。今日が月曜日でこれから会社に行かなければならない諸氏に置き換えてみれば?目が覚めた時、雨の騒がしい音を聴いてうんざりする気持ちを思い出すというモノだ。しかし今日は日曜日。休日の人にとっては祝福された気分になる。
私は家業が新聞販売店だったので、これから200軒もの家に新聞を濡らさずに投函する苦労は並大抵ではなかった上に、今朝のように寒い日は自分も濡れるので、濡れない工夫をしながらの配達は今考えても嫌なものであった。ただ、若いうちにそんな体験をしたせいかお陰で体は丈夫になったが?
そんな苦労のゆえかどうかわからないが、私はこの家業を継ぐことは意に沿わなかった。と、言って、そのころは代わりに何をするか?と考えると思い浮かばなかった。ただ、漠然とだが一般的な会社にでも務めることがいいような気がしていた。しかし、会社員でも同じように、朝起きたら雨という事はあるのだ。最初は目黒から埼玉県の和光市まででバスと電車を乗り継いで通うのは大変だった。ただ運よく通勤のルートが逆だったため満員電車の記憶はない。たとえば、通勤時間であっても目黒駅から池袋駅行きや池袋駅から成増駅までの電車は空いており、東上線は必ず座れたものだった。
その内、自動車を買って車で通勤するようになったら、通勤が苦痛ではなくなった。と言うのは自動車の運転が楽しくて好きになったからだ。欠点は本が読めなくなったことくらいで、とくに雨の日の通勤の苦痛からは解放されたのが殊のほかよかった。

一人で暮らしていた頃などは帰路、いろんなところに立ち寄ったものであった。埼玉県から目黒への帰路では渋谷、赤坂、銀座、青山、六本木などは流行る前からよく出かけたものであった。そこが気に入ったのは何か新しい、おしゃれな感じがしたからで、デザイナ―にとって、世界の新しいものやコトを感じ、体験することが必要だったとの思いである。成増駅徒歩圏内の会社に東松山駅から、毎日通っていたのでは新しいものに目が触れる機会は制限される。
 そのうち池袋の西武百貨店が一世を風靡したスタイルを打ち出して、世間で注目された。その時の衝撃は今でも忘れられない。だが、今から考えるとやはり西武百貨店だけでは限界があったのだ。昨今、西武百貨店の身売りの話が取りあげられているがあの当時の勢いを維持することの難しさを今さらながらに感じている。
百貨店は受難の時代である。それでも三越や松屋は健闘している。三越は伊勢丹と合併してお互いの強いところを伸ばして確かな存在感を創出しているし、松屋は見事なCI戦略で自社と銀座を活性化させて健闘している。     
松屋はMATUYAGINZAとブランド名を変えて生き残って、独自の価値を創出し発展し続けているのはPAOSの力なのではないかと思う。なんといっても松屋は銀座をも甦らせたという力を持っていた。  
その点でいうと、西武百貨店は池袋という地域を活性化させるまでの力は持っていなかった。つまり、これだけの大きな商店である百貨店は地域と共に成長するという戦略が基本でありながら、西武百貨店は池袋の街についてどのくらい戦略ファクターとして捉えていたのか?
 松屋の活性化は銀座の活性化とパラレルであるという命題を当初からPAOSは持っていた。その象徴的証拠がブランドを松屋百貨店からMATUYAGINZAに変えたことである。
松屋がPAOSのコンサルティングを受けたころの銀座は一時の魅力を失いつつあった。したがって、MATUYAGINZAという新ブランド名は新生銀座の旗印になるという宣言でもあったのだ。百貨店の前提は一等地にあるということで成り立つのが真実なのだろう。銀座が一等地から転落してしまっては元も子もない。 

まだ西武はもめている。今でも西武ヒャッカテンと言われている。その現状がこの百貨店が再生しない理由なのだ。私はPAOSで松屋のプロジェクトには一切かかわっていないが今から考えるとCIの本当の力を教えてもらった最たるものの様な気がしないではない。
そのMATUYAGINZAの成功の最大の理由はこの松屋百貨店がCIの仕事として捉えて取り組んだからだと思う。CIからブランディングに橋渡しをした張本人として語るとすれば、現在ほどCI(コーポレートアイデンティティ)を求められている時代はないのではないかと思われる。たとえば、社会問題にまで発展したジャニーズとBIGMOTORの問題はCIの問題であり、それを解決できるのはかつてのPAOSのような有能なCIコンサルティングファームしかいないと思われるからだ。
つまり、その二つの組織が今やらねばならないことはあらたな社会的存在価値を確立する企業経営を行う方法を考えなければならないのだ。ジャニーズからSMAIL-UPに社名が変わる裏には本来、ジャニーズが新たな社会的存在をめざすべき戦略プログラムがなければならないのである。安易な社名変更でスルーする発想ほど愚かな事はない気がしないではない。名は体を表すと言うではないか?
                          2023年11月6日 T.I

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