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Column

結婚記念日45th

 2026年の7月25日がそうであることが偶然、住民票を見たことでわかった。何となく結婚式を挙げた9月17日がそうかと思っていたが、なにせ、半世紀前のことなのだから?結婚するにあたっていろいろな諸手続きがあり、偶然その日になったことを思い出した。
早めに退職して幾分、自由に動けた家内にとっての新居の目黒関連の手続きを区役所で、上下水道局、ガス関連の手続きなどをお願いしたのだ。わからないことは会社で仕事をしていた私に電話してくださいというようなことで何となく解決できた気がしている。そのかいがあり、いろいろあったが、恙なくここまで来たのであった。
結婚45周年とはおめでたいことである。50周年ならばさらにおめでたいであろう。しかし、その時、私は85歳であるが、日本人男性の80歳時点での平均余命は9年との事なので、あと9年はあるらしいので信じよう。では?その間どう生きるのかであるが家内も娘もいるのでどうにか協力していけば幸せな人生を送れる確率は高い気がする。

最近のこの手の我が家の祝い事の定番はまずシャンパンこれは本格的なモノはいらない。
お気に入りはMARTINI―ASTIイタリアピエモンテ州産のスパークリングワインだ、これは家内もお気に入りなので大びんを買ってカミさんと乾杯する。あとケーキがあれば十分だ。ただ、最近はケーキ屋がめっぽう少なくなった。以前は町にはケーキ屋が2,3件あったものであるが最近はまったくなくなった。
 私のお気に入りは鎌倉風月堂のケーキであり、必ずお店に行って注文したものであった。
鎌倉に越してきた40年前、鎌倉風月堂は鎌倉駅から若宮大路のぶつかる左側の角に店を構えていたし、ここのケーキは葉山の御用邸の御用達のケーキであったのだ。私は娘を連れて由比ガ浜通りの工房がある本店に注文しに行ったものであった。店の片隅にお店の御主人が座っていたが、お嬢様が店の奥から出てきて注文を聞いてくれた。
 我が家ではここのバタークリームのケーキがお気に入りで、現在はとんと見ることができないがその味には日本人が初めて接したケーキのノスタルジーがある気がしている。
私の初めてのケーキは今から75年前に食べたバタークリームのケーキであった。不思議なことにその感動が今もある。私のケーキの初体験は山形の東原幼稚園でいただいたケーキであった。東原幼稚園はアメリカの宗教団体が主導した幼稚園であったのでアメリカ人の指導の下で教師たちがケーキを作ったと思われる。アルバムに全幼稚園児と先生の写真があるが園長さんはアメリカ人の女性であった―1951,2年頃の写真によると・・・私はその味に驚嘆したことを覚えている。こんなうまいものを食べたのははじめてであったのだ。そして生涯わすれないだろうと思ったように今でも忘れない。そのケーキを家に持って帰ったが妹と二人で食べてしまった。本当は母の分もの残したかったのだが、今でも申し訳なかったという気持ちとなって覚えている。苦いケーキの想い出である。
80歳を越えた現在でも美味しいケーキを毎日食べたいと思う。その気持ちが糖尿病となったようである?お酒を控えろとは言われないが、甘いものを控えろと言われた記憶はある。ただ最近言われないのは検査をしなくなったからであり、食も細くなったからである。
                                2026年7月26日

 

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