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Column

Birthday

 とうとうここまで来たか。60年近く前の目黒不動で見てもらった女性の易者の言ったことが現実になったのだ。
 そう、今はかなり疲れやすいがこれといった悪いところはないくらい健康だ、家内の行き届いた栄養管理と規則正しい生活が今日の私を創っている。頭の方も多分に落ちてきているが?それでもBMWを毎日運転して娘を大船駅まで送り届けている。これは義務ではなく楽しいからだ。
 
新たにやるべき課題と巡り会えた。80歳代で「三十三間堂蓮華王院」物語を書くことだ。
まだ、だれも成しえていない物語を創り上げて世を驚かそう、そして新たな楽しみを創り出そう。10年あれば何とかなるだろう?
全体の計画の骨格は基本構想に1年間。物語の調査研究に1年間。分野別物語展開に3年間。全体統合化に2年。全体整合化の1年間の計8年間。
出版は89歳時の6月10日にするか?その間、健康と強固な意志の持続を望む次第である。
 この慎慮と洞察を進行の記録としようか?それはいいかもしれない。あと8年書くことになるか?今日はその計画の第一日目だ?
 ①今から10年近く前に見学に行った際の三十三間堂の薄いパンフレットをキチンと読み込んでいる。ところがこれがなかなかなのだ。最初のページは「国宝 三十三間堂の建築」という項目なのだがこれが凄い・・・・和様単層本瓦葺きで、破風は小さく深く、妻飾りは豕のこ首(いのこさす)・・・こんな具合なのだ?古い上に、昔の特殊な建築用語、無遠慮に書かれているのである。
 一番、感心したところは先進的な地震対策のきめ細かな建築的対応である。たとえば「版築」と言う技術。建物の立つ土地の地盤の揺れを軽減する土木的な工夫である。つまり、基礎となる地盤は砂と粘土を何重にも層状に重ねて地下振動を吸収できるようにする技術。建物本体での工夫はもちろんの上である。それゆえだろう八百年にもわたり同じ美しさで存在し、機能している建物などは世界でもそう多くはない。
 三十三間堂は鎌倉時代に一度,火事で全焼した。建長元年なので鎌倉の建長寺が創建された年である。蘭渓道隆が北条時頼とともに禅の始まりを宣言したと年である。といっても蓮華王院三十三間堂は禅ではない。

 三十三間堂を書くにはこれまで以上に勉強しないと書けそうもない。ごまかしがきかない。つまり、建築的なアプローチを抜きに書けないからである。このあたりは単なる勉強+老いによる認知症との戦いがあるだろう。しかしこの試練も一つの課題として受け入れればいいことなのだ。
 この時代を知るために初めて「梁塵秘抄」を読んだ。後白河天皇がはまった世界であるが、正直、80年間生きて初めて知った世界である。その内容は驚くべき世界である。建長元年(1249年)の頃の人々の生活が分かる、貴重な記録でもあるのだ。人々とは一般庶民のことであり、そう、特定のクラスの以外の人々のことなのである。驚くべきことである。
                              2026年6月17日

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