ルイズ・サリヴァン
この人はアメリカの建築家である。全くの偶然でこの建築家を知ることになるのだが、
偶然というより突然仕事をしなくてよい境遇に見舞われたことでこの人物の自伝的回想とでもいえる本を読むことになった。きっかけから偶然性が支配している。
昨年末の京都旅行の際、珍しく、それまでお気に入りの古本屋に行く機会がなかった。
明日、帰る日であった。京都旅行では必ずと言ってよいくらい、間違いなくホテルから数分で行ける「キクオ書店」に寄るのが習慣化した儀式であった。ところが2025年の12月の京都滞在ではどういうわけか忙しく、その古本屋にはいくことができなかった。確かに7時に店は閉まるのでその前に行かないと見ることができないのは分かっているが、今回はそんな時がなかった。
今回は何かと忙しかった。明日、帰るという6時30分ごろそれに気づいた。私はなりふり構わず、ちょっと古本屋に行くと断ってホテルの部屋を出た。閉店まで30分しかない。
でも何か買うつもりで来たのだ。でないと今回の旅行の価値が妙に減じられる気がした。この書店は以前3万円の大枚をはたいて「本阿弥光悦」に関する稀覯本を買った書店なので行くだけの価値があるのだ。ホテルから近いと言ってもせいぜい本を見るのは20分くらいしかない。そのとおりに私は店に飛び込んだ。この小さな古本屋は奥行3メートルの通路の両面に本棚がありそこに天井まで本が並べられている。向かって右側の通路の本棚には日本の様々な歴史に関する専門書籍、左側の通路には様々な分野の歴史教養書が並んでいる。
時間がないので右側の専門歴史書棚はやめて、左側の歴史教養書の棚に向かった。私の眼に「サリヴァン自伝}という文字が飛び込んできた。来年は取り立てて仕事はない、といって自伝を書くような気分でもない。その全く知らない人の自伝を読み切れるのか?などと迷いながら本を手にした。建築家ということが分かった。
中身をパラパラめくり、何か手がかりになるような写真がないか探した。近代以前のグラフィック的には古典的な建築家らしい?値段を見ると1100円。建築家の自伝というのも面白そうだし、バロック的なグラフィックも何か気になった。買って損はない気がした。
私は近代建築は好きではない。とくに日本の現代の建築家はまったく好きではない。面白みのない建物ばかり作っている。それに比べればこの建築家はグラフィックの処理が素晴らしいと思った。知らない建築家ではあったが、と言って知った建築家もいないので面白そうだと思った。というのはこの頃のアメリカの建築家はチャールズ・イームズやジョージ・ネルソンと同類の万能の建築家のような気がしないではなかったのだ。
読み始めて最初の驚きは彼の早熟性であった。というより時代が早熟を当然のモノとして受け入れている時代であることだ。たとえば16歳でマサチューセッツ工科大学に入学したが、1年後にはフィラデルフィアに移り、建築家フランク・ファーネスの事務所に入る。1873年にシカゴに移り剛性ラーメン構造を採用したウィリアム・ル・バロン・ジェニーの事務所に入る。そこを退所後パリのエコール・デ・ボザールで1年間学び、再びシカゴに戻ってきたときには、まだ、18歳であった。
現在の18歳の建築家をめざす青年にこの話をしたらどう思うか、サリヴァンの早熟性ゆえと判断するか、それとも当時の社会体制ゆえかなんと見えないが、一つにクリエティブな世界の特殊性というか何とも言えないがいわゆるクリエティブ分野の教育システムを再検討する必要があるのではないかと思われる事実である。
私が18歳の時はどうだったか?高校を卒業して、デザインカレッジに入学した年で自分が学んだことが社会で生かせることができる学びは18歳から3年間学んだ工業デザインの初歩的なことだけであった。2年間で工業デザインの課題を4つばかりこなし、キチンと記録として各フェーズの課題を写真に残し、スケッチ等は現物を添付したデザイン開発記録である。当時、私の学校レベルで自動車会社にデザイナーとして入るなどということを真面目に取り組んだ学生はいなかったが、私はその課題が面白かっただけで選択したのであった。でもそんな課題でも、課題として取り組んだことがHONDAへの道を切り開いてくれたのである。今でも信じられない思いだが自分の人生を切り開いてくれたのだ。
2026年1月26日













