今年はゆっくりと年が明けた。いつものように午前中は家内とお手製のおせち料理とお屠蘇で毎年、同じような正月を過ごす。お手製の雑煮とあんこ餅。大みそかも特別に夜更かしをするではないので朝はいつものように起きて、愛犬ロッティを朝の散歩に連れ出す。
酔いが覚め、自転車を運転できそうになったら初詣に行く。いつのも建長寺、現在、ご本尊の地蔵菩薩が鎮座している大御堂が工事中なので外から手を合わせる。私は一番、信頼を寄せているご本尊である。天気がよく気分がいいので半僧坊まで行くか?という気になったのでゆっくりと歩き始める。若ければどうとない気がしないではないが、酔いも若干残っているので慎重に歩いていく。見慣れた景色だ。一山全て建長寺なので鎌倉で一番の寺だと思う。鎌倉五山第一位である。半僧坊に近づくにつれて息が上がってくる。高度のせいではないと思う。休み休み手すりを頼りに頂上に着く。
一番奥の神社の御神体のある前で人が集まっているのでこれから護摩供養が行われるようである。私は賽銭を上げて手を合わせる。お札を一枚頂く「半僧坊大権現寶牌」である。
ここから遠くを眺めると山間に垣間見える海がキラキラと光っている。由比ガ浜あたりの沖合ではないかと思われる。元旦ならではの清冽な景色である。大きく息を吸うとなんとも心が大きくなる気がした。
今から思い浮かべると70代最後の景色か?とも家内にもこの景色を見せたいなと思ったのを忘れてしまったが鎌倉で最も見事な景色なのではないかと思う。
半僧坊を下る道は何とも心地よい。ここが鎌倉であるなどということを忘れてしまうような鎌倉の昔を思い出させるような道である。
次は八雲神社だ。私はもと来た道を少し下り切通の風情を残す、蘭渓道隆が寿福寺に出かける際につかった近道を利用して下に降りた。本来なら八幡宮に直接行けるのだが、正月なので参拝客で前に進むことができないからである。
この坂道は古代の鎌倉を唯一残していると思う。一応、道面は舗装されてはいるが左右は古代からの土くれがそのままの景色だからである。亀ヶ谷と言われる坂を自転車を引っ張りながら頂点に行くと後は急な下り坂である。あまりに急なので亀もひっくり返るということから亀が谷と呼ばれるようになったが誰が名付けたかわからない。ここから車上の人となってそこそこのスピードで降りてくる。ただ、この命名、何となく蘭渓道隆が名付けたのではないかと思う、この人物、禅の達人でありながらなかなかの洒脱な達人だからである。そう思うと何となく心が軽くなる。
岩船地蔵堂を左に曲がり踏切を渡り紀伊国屋の方に向かう、人が増えてくるが車は入れないので赤信号でも無視して八雲神社に向かう。いつの間にか、いわゆる村社であるこの神社に元旦は参拝してお札と正月飾りを頂くのが習慣化してしまったが、このレベルの村社が家の近所にあればここまで来る理由はないのだが、ここに来ると古き良き古代の気分に浸れる気がするのでここに来るようになったのだ。したがって、どうもよそ者のような
後ろめたさのようなモノを感じるが、ただここは古代の鎌倉の住人であることを感じさせるのである。
我が家の近所には由緒では負けないような山崎天神があるが、体裁では八雲神社に勝るとも劣らない神社であるがどういうわけか賑わいは生まれない。プロモーションの問題かな?昔はどうだったのだろう、村の鎮守様のような気がしないではないからである。近所の古老にでも聞いてみるか?
2026年1月12日
新年に思う/2026
26.01.12













