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Column

79歳の京都紀行PART2

 今回の京都がなぜ?短く感じたのだろうか?きっちりとスケジュール通りに動いたからではないか?いつもは、漠然と京都に行き4日間を過ごす。いわば、4日間が自分のコントロール下にあるからだ。自由にどこにでも行ける。ところが今回はスケジュールという、計画に支配されていたからなのではなかろうか?
 私は最後の日に慌てて「キクオ書店」に飛び込んで見知らぬ建築家の自伝を買った。そう。今回の京都旅行の実体のようなモノを、証というようなものを実感するためである。
 そんなことからか今回はもう少し京都にいたかったという気がしたものである。久しぶりに観光客をほとんど見かけない京都を満喫したからかもしれない。中国が自国民を縛り付けているからである。お陰で彼らに依存して生活の糧を稼いでいる京都のビジネスマンたちは困り果てているようである。中国人だけでなく欧米人もほとんど見かけなかったからだ、後者はクリスマスが近いからではないかと思うが?
 京都はどう考えてもクリスマスを過ごす場ではない。クリスマスはやはり、最大の宗教行事なのだ。
 最初の日に行った泉涌寺に行きたいと思ったのは開山俊芿(しゅんじょう)の骨壺が見つかったとのニュースを見て800年も前の開山の骨壺が見つかったのは何にかの縁かと思った。だが、この寺の大きさを見誤って半日では見切れないどころか日の長い季節に一日を費やしても見切れないことが分かったのは収穫であった。ともかく寺域の中をTAXIが自在に走り回れる寺で本来ならわがBMWで動くことが老夫婦にはふさわしい寺であることが分かり、来年にこの続きを敢行しようと思い直したからである。
 帰ってWIKで調べると塔頭がいくつもあり、それぞれに由緒があり、さすが御寺と言われるだけはあるなと思った次第である。京都はやはり奥深いとあらためて思う。
NHKのプレミアムドラマ「京都の密かな愉しみ」を見て泉涌寺の雲龍院に行ってみたい気になったのだが想像以上に見どころがいっぱいある。雲龍院は決して小さな塔頭ではない見どころが満載だ。
ドラマではこの塔頭の娘さんを好きになって結婚を考えた男が彼女と結婚するためにここの坊主となることを考えるのだが・・・確かにこの塔頭の主になってそこの娘さんを妻にするのはいいが、数年はおろか数十年かかるのではないか大学で博士号を取るのとはわけが違う気がするがと、何とはなく思った。
だが娘さんは別としてもこの雲龍院の住職となって家庭を築けたらなかなかのものである気がした。ただ、この世界のそのあたりはどんなステップで展開するのかわからない世界である。
 本稿は2025年の最後の考になるようです。読者の皆様に感謝申し上げます。            
2026年も欠かさず書くつもりなので、よろしくご愛読の程よろしく申し上げます。
2025年12月27日

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