昨日(2025年7月31日)40度に近い暑中にお墓の清掃に出かける。
午後1時30分頃なのでトンデモナイ暑い中であるが、そうでもなかった。墓中の人が涼やかな風を送ってくれたようだ。墓の後ろに車を置くと早速取り掛かる。
我が家から鎌倉霊園まで20分くらいかかるかな?この暑さのせいか、鶴岡八幡宮の前も待たずに通り過ぎる。私はエアコンをかけずに4つの窓を全開して、円覚寺、建長寺、鶴岡八幡宮の前を駆け抜ける。本来、観光客がいるはずなのに今年の酷暑のためかほとんど見かけない。昨日の新聞に日本における最高気温の記録41.7を紙面で見た。私の記憶にあるのは確か昭和8年に記録した40.8なので92年ぶりに更新したのだ。昭和8年のそれは山形で記録しているが原因はフェーン現象のようである。山形は私の生地であるのでそのことを強烈に記憶しているのである。
鎌倉霊園の墓は創建して47年経つ。私が32歳の時に建立した墓なのである。確か何年かのローンで建てた気がする、200万円近く第一勧業銀行から借り入れたのであるが。給料日に成増駅前の銀行まで、持っていったのであるが、その頃は銀行振込などという便利なシステムがなかったか?あっても手数料を節約するためにホンダの設計室から歩いて持っていったのである。何年かで返済した。47年も前の話だ。
母が亡くなって私が墓を建てることになったのだが目黒に住んでいたので最初に思い着いたのが青山墓地であった。今ほど霊園などがない時代だったのでそこは有名であった。
母が亡くなるとそれをすぐに目黒区役所に届けた。そのころ区民葬というのがあって、目黒区お勧めの葬式であった。葬式の喪主であった私は何から何まで一人で手配したものであった。鎌倉に墓を持とうと考えたのも私の判断で決めたのだが、都心の目黒から、静かなところで眠りたいとのことから、唯一、身近な気がした鎌倉に墓と住まいを求めたのであった。
こんな暑い日に墓掃除をしている人はだれもいなかった。しかし、運よく涼しい日であったのでいい気分で雑草を取り除き、伸びすぎた椿を剪定し、墓石を洗い清めて2時間弱で清掃は終わる。あと、何日かでお盆になるので見計らって、墓参に行くことになる。
帰り道、旧ビゴの店でパンを買って帰る。カフェテラスに2組の客がいたが、私がパンを物色中に帰ったのでだれもいないようだ。車も私のBMWだけであった。だから、驚くべきことに必ず待たされる鶴岡八幡宮の前も一気通貫なのである。もちろん、建長寺や円覚寺前もである。
鎌倉霊園とわが家の真ん中に鶴岡八幡宮があるという関係である。最寄り駅は大船だが、
距離的には北鎌倉が近い。通勤では北鎌倉駅を利用していた。当時は横須賀線の方が空いていたからであった。しかし、現在は一つの線路を様々な会社の電車が利用するので通勤ラッシュであの強烈な車内を持つ電車は少なくなった気がする。それもここ4カ月仕事でクライアントの所に出向く機会が多くなったことでわかったのである。こんな機会がないと世の中の動きは分からない。50年前と変わらないのは鎌倉霊園の中だけである。しかしこの中も、静かに変わっているのである。
2025年8月1日T>I













