それにしても今年の私は多くの知人を失った。
そのほとんどは皆、私の記憶の中に生きている人たちだけでいわば、私が生きているのだから彼も生きているに違いないというそんな全く根拠のない推論の下で存在した人たちのことである。
その人たちは“彼は元気かな?”と思うと何となくいい人で、すぐにでも会っても明るい思い出を下敷きにして語れる人のことである。デレオンさんもそんな人の一人であり、あまりにもいい人であるがゆえに苦しまなくてもいいようなことを自身が抱え込んでしまうような人であった。
彼は私の知人の中でも信じられないようなエリートであった。父上はいくつかの名門大学でスペイン語の教授を務めた。そんな父の下で育った子なら当然であったようにUCLAを卒業していた。私と彼はIBJ社という英国系のブランド開発会社で何年か働いた際に出会った人物であった。そのような会社でかれはブランドネーム開発とその権利化に関しての日本と諸外国の様々な作業を行っていた。
「デレオンさん」と呼んではいたがで正確にはRick de Leonが本当の名前でRickはRichardの略で日本語に意訳すると「リチャード獅子王」というような意味になろうか?父上の学識と期待から生まれたと言ってよいかと思われる名前なのではないか。wikによるとヨーロッパにおいて騎士の見本と言われる意味を持っていたので、父上の思いを込めた名前であったに違いない。が、当の本人は獅子のような激しさよりも少女のような優しさにあふれた人物であった。
したがって、その優しさゆえに苦しまなくてもよいところで苦労した感があった。そして、それゆえか何年かすると要領のいい奴らは仕事において、彼に無理難題を押し付けた感があった。こんなことを鮮明に覚えている。
当時、私はIBJの日本支社で専務取締役を担っていた。ある期から英国人社長の新しい方針でそれぞれの部門を担う人たちは自分のサラリーに見合う売り上げ目標を掲げ、それを達成することで日本支社の売り上げの安定と向上を目指したのであった。事前に日本支社の売上目標を出して、それを各部門にブレークダウンして数字を決めたのである。勿論、私も戦略部門の売上げ目標額を与えられた。
IBJ社はネーミング開発から日本市場で知られていたのでネーミング開発部門の売上げ目標はかなり高く設定されていた。当時、デレオンさんはそこの部門長であった。その部門の可能性や限界に関して一番よく知っている社長なのに、その時の設定した目標額があまりにも高すぎる気がした。デレオンさんはその数字に対してなんら異論をはさまずに了解しようとした。私はその目標額設定があまりにも大きすぎて苦しむのはデレオンさん本人なので、
“デレオンさん、そんな目標額を本当に達成できるのか?無理と思ったらこの場で言った方が良い、それで現実的な目標額を設定するべきだよ”と言った。しかし、デレオンさんは何の異論も唱えずにその額に対して、なにか モソモソ言って終わらせてしまった。
あとで苦しむのは自分であることを知っているくせに目標額を現実的なところで設定しなかったのだ。社長の顔を立てたのか?そんな人の好い、そのためなら自分に後でどのような試練が待っているかもしれないがわかっていても、受け入れてしまう人であった(しかし、その期の途中でかれは退社した。)
いわゆる、だれもが持っているような自己を守るということに対してなんと無頓着なのだろうと思った。だって、そんなことで自分が苦しむのはだれでもわかるだろう?
それから何年かしてかれが病気になって仕事に就いていないという話を聞いた。彼の親しい友人は彼が多くの問題を抱え込んでそれを回避できないことが彼の病の原因であることからいわゆる対人関係においての彼の性癖を矯正する治療を何年か受けたということを知って、社会復帰した彼と初めて会った時のことが忘れられなかった。
一言で言うと“人格が変わったのである”そう、簡単に言うと安請け合いはしないで、自分ができること、約束できることを事前に相手に伝えて、何事も始まることを学んだのであった。
その効果はもの凄く強固なもので、自分の裁量外のことと判断したら絶対にYESと言わなくなった。したがって、彼にだれも甘えることができなくなったのであった。一言で言うと安請け合いを絶対しないということを学んだのであった。
私はそんなデレオンさんのことを他人に話したら、その人は「そんなデレオンさんと会いたくないな!」と言った。
それから10年以上もたって、独立して、自分の会社を立ち上げた新生デレオンさんに青山学院のコンセプトステートメントの開発を依頼した。
“Be the Difference” 世界は一人一人の力で変えられる。
彼は青山学院が実現しようとする世界を語る絶妙なステートメントを開発したのであった。
彼の死の知らせを聞いて私はもし、彼の才をあてにしたプロジェクトが起きたらどうしたら良いかわからなくなった、もしかすると依頼主はこういうステートメントを希望しているのでは・・・・?と思ったからだ。
もう新生デレオンさんと仕事をすることはできないのだから。
2024年12月30日T>I
今年も読み続けてくれた人には感謝です。来年も書き続ける予定です。よいお年を!