ブランドワークス

Column

北極の彼方に

 私は念願の年金生活者となって、新しい肩書を持って生きることになった。新しい肩書とは「作家」である。五年間の努力の末に毎月原稿料が振り込まれる。金額の多寡はさておいて、だ。そのスタイルは最先端の作家と言う形になっているのが唯一の自慢だ?もうすでに店頭ならぬ、ネット上には私の本が10冊近く並んでいる。
 その中でロングセラーになっているのが「宗達はじまる」だが、作家自身、すなわち私が一番の傑作としてもっと読まれてよいと思うのが「北極の彼方に」と言う一冊であると考えている。
 ちなみにこの本は半分ノンフィクションで世の中を震撼させた一家殺人事件を下敷きとして書いた実践的推理アクション小説である。
 著者自身があの有名な事件で容疑者の一人として曲がりなりにも疑われ、その事件についてその後10年近く担当の刑事とコンタクトを取り、様々な体験をした後に書いた本なのでその本の密度は半分近く実話に近いと言ってもおかしくない。

 毎年、年末が近づくとテレビでこの事件についてのニュースが流れる。私はそのニュースの当事者の一人であったことを忘れて他人事のようにそのニュースを目にするが、そのくらい昔のことなのである。その理由はこの事件はもう日本から遠く離れたところで解決済みになっているからである。真犯人は北極海の分厚い氷の下に逃れたのだ。永久に彼は捕まることはない。
 彼が仕事をしていた場所は現在、湘南アイパークとして日本初の製薬企業初のサイエンスパークに生まれ変わりライフサイエンスビジネスの最先端施設として機能し始めている。
私は時々この前を車で通るが、その時はここにあの事件の犯人である男が仕事していたということを昨日のことのように思い出すのである。そして、この事件が解決するまでは私の書いた物語は現実の世界となって私の身近なところに存在し続けるのであろう。

 「北極の彼方に」はダグラス・フェアバンクスJrの主演を演じた「絶壁の彼方に」というタイトルからとったもので、日本人医薬研究員一家の殺人事件の犯人を追って北極の彼方に消えたスイス人に帰化した新薬開発室長を日本人の現役刑事と親友の美術史家がノルウエーの端まで追いつめる物語なのである。
 こんな本が書ける背景には全世界に張り巡らされたNet環境なくしては書けないだろう。二人の追跡者は北極海の海岸線のフィヨルドに沿った道を犯人が隠棲している瀟洒な家に向かう。二人は犯人と思しきスイス人を彼の家に訪ねたのだ。息詰まる対決。そこでわかる悲しい真実・・・
数か月して、彼の家の艀から少し離れたところで無人のボートが発見される。地元の警察は家の持ち主が釣りにでも北極海に出た際にボートから落ちたのではないかという判断をして事故扱いとして片づけられる。地元警察の話ではここで海に落ちたなら海流が北極海の氷の下にもぐっていくために遺体は完全に分厚い永久氷河の下に閉じ込められているだろうという話であった。
すでに帰国して数か月した現役刑事の山本と美術史家の榊は謎を抱えたまま中途半端な日々を過ごしていた、その二人の下へプラハのヴァ―ツラフ郵便局のポストに投函されてプラハ中央郵便局付けの消印が押された手紙を受け取る。差出人のカール・フォン・ワイルデンベルグ男爵という見知らぬ男からの手紙であった。この人物は何者でなぜ日本にいるわれわれのところにこんな不思議な手紙をよこしたのか?舞台は日本からノルウエーに、そしてプラハに、ヨーロッパの計り知れない暗黒に踏み込んだ二人の日本人は・・・・?
                              2024年8月26日

Share on Facebook