「過去の栄光」は年寄りにとって数少ない己の存在価値を自己確認する分かりやすい方法かもしれない。ただ、この伝家の宝刀もいずれ錆びつくのかもしれないが、あらためて別の見方をするといわゆる自身のアイデンティティを物語るものであることは間違いない。というのはこの世界にとっても過去の栄光はその人の確実無二の客観的情報だからである。
わが家では毎週日曜日の朝食時にはテレビのサンデーモーニングをかけている。この番組を確認すると1987年にスタートしたので今年で36年目だ。たまたま、その時にPAOSという会社に在籍しており、この番組のタイトル名をTBSからの依頼でPAOS全社員に募ったので私も数案提案したいきさつがあったので番組を最初から見ることになったのだ。残念ながらわれわれが提案した試案は採用されなかったようで、サンデーモーニングという、そのまんまの名前に決定したことに唖然としたことをかすかに覚えている。
この番組は常連のコメンテーターがコメントするのだが、唯一、常連がいないのが若い女性のコメンテーターであるようだ、今週も新手が登場した。
へえっ!と思いながら簡潔なタイトルを見ると・・・ペンシルヴァニア大学非常勤講師?
非常勤講師・・・?アメリカの大学ならいわゆる然るべき人物であるということなのだろう?つまり過去に何をした人であるという、いわば過去の栄光を表記して、その人物を紹介するのである。最近、若い女性のコメンテーターに関しては様々な切り口の紹介を見ることができる。
乃木坂46のメンバーで慶応大学を卒業している女性・・・、ハーバード大学を卒業したヴァイオリニスト・・・その紹介文は綺羅星のごとくであるが、理解に苦しむものもある。
だが、内容はどうあれそのような紹介文が書けるという事は羨ましい限りである。
ネット社会ではそのような過去の栄光はすぐに調べることができる。2,3日前ゲーテの「イタリア紀行」を読み始めたのでその翻訳者が初めて見た訳者だったので調べてみた。
相良守峯という人物である。私の手にしたものは岩波文庫の本なので初版が1942年と80年も前に出版されたのでこの人物がいかに昔の人であることが分かるがwikで調べると1895年(明治28年)生まれとなっているので今の若い人にはその生まれの何たるかも想像がつかない異次元の人と思うような昔の人なのだ。
この時代に生まれてドイツ文学者になるにはその人物が超絶的な能力と努力と、意志の強さがあったに違いないと思った。勿論、この時代なら東京帝国大学に決まっている。そして、文部省の在外研究員として、ドイツ、イタリア、アメリカに留学というから夏目漱石の比ではない。この人物に興味をおぼえたのは山形県出身だからで、同じ山形県の私としては郷里の先輩なのだということになるが、同じ山形でも鶴岡市からはあの時代に綺羅星のような人物が出た気がする。例の石原莞爾もそうである。ただ残念ながら山形県出身の総理大臣がいないのが山形県人にはどうも心残りなようであるが。
この相良守峯氏の親戚には幕末に活躍した清岡八郎や文学者の斎藤磯雄がいるので、知の血統がいいのだろう。それも別次元の栄光である。ただ、いずれにしてもだれしも何らかの過去の栄光はあるのではないだろうか?
ただ過去の栄光は自分だけがそう思っていればいいことで他人に言うともしかすると、栄光でも何でもなく一つのデータにすぎないのかもしれないので要注意である。
我が家の近所でも「あのおじいさんは横浜国大を卒業したので、話すとどこか違うわね?」
というように使われるので、その時代に横浜国大に入学することの凄さを体感している私なんかは“ほうっ!”と思ってしまうが?
過去の栄光とは一言で言うとアイデンティティそのものであるし、その人物を知る強力な情報になるであろう。ただ、このネット社会ではそれがどのように屈折されるか分からないので非常に怖い情報でもある。また、過去の負の栄光もさらけ出されてしまうからである。
こんなコラムを書いたのは昨日、まったく取引のない銀行に相談事があって、面談の機会をえた。ただ、質問がむずかしい内容だったようで、窓口の女性が、途中で中座してその分野のスペシャリストに聞きにいって、20分くらい戻ってこなかった。
窓口の女生と上司でもある男性のスペシャリストが登場、名刺交換をして一通り話し合った後に、私の名刺を見てBrandworxとはどのような事をやる会社なのかと訊いてきた。
これはよくあることで、私は一瞬、どう銀行員に説明しようかと考えた。そこでここは神奈川県藤沢市だなと思い直しこう切り出した。
“たとえば昔、横浜ベイスターズの名前やマーク、ユニホームのデザイン開発などをしましたが、そのような仕事をする会社ですよ・・・”と、ブランド開発を普通の人に説明しても分からないからである。
だが、横浜や藤沢に住んでいる人ならそのような説明をして、そのベイスターズの開発プロセスを5分も話せば会社も私という人間も分かってもらえるのだ。その効果は抜群である。それまでどこの馬の骨か分からない男から、あの大洋ホェールズから横浜ベイスターズのブランド開発に関わった人ということになる。東大を卒業しましたと言うよりも藤沢では効果はあったようだ。実績と結果がリアルであれば効果抜群。帰り際に”今後、質問の件に関係する情報があればご連絡します“というような親切な申し出があったのだから、私の過去の栄光が神奈川県、横浜、藤沢では効果絶大なのである。関西に行ったら阪神じゃないと駄目だろうが? 2023年3月20日T.I