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Column

ワールドカップ2022

 一昨日、日本のワールドカップ2022は終わった。しかし、これまでの最高位までのぼり詰めた。目標がベスト8だったが、結果的にはベスト16でこれまでと同じレベルであったが?ともかく、最後のPK戦で負けたので、実質的には最後の最後で負けたことになる。
 私は珍しく、と言うより偶然、午前0時から始まるその試合を23時45分に目が覚めたので見ることができたのである。したがって、フルで日本VSクロアチア戦を見たことになる。結果はまさに「画竜点睛を欠く」という言葉にふさわし結果になってしまった。120分の戦いでは互角で最後の数分間のPK戦で完璧なまでに打ちのめされたという言葉につきる。
 この時、一瞬、この戦い(PK戦)勝ことはできないだろうと思った。というのは日本人の男はこのような大舞台で個人が勝つための訓練をしていないからである。こと、サッカーにおいて体力に劣る日本人はチームプレイでいかにして勝つかという訓練しかしてこなかったからだ。
つまりサムライジャパンではなく、アシガル(足軽)ジャパンではPK戦という個人力の戦いで勝つことはできないからである。
日本人が外国と戦った最初の戦は元寇でモンゴル人との戦であった。その時の最初の団体戦ともいうべき戦の話はだれでも知っている。対峙する両国の軍隊、日本軍はまず、鏑矢を打って、これから戦を始めるぞと言う宣言をして。一人の武将がまず、前面にしゃしゃり出て、自分の名前を名乗り、もしかすると身分や軍歴を語り、一人、馬を駆って敵陣に飛び込む。そうするとモンゴル軍の雑兵が寄ってたかって袋叩きにする。最初の戦いではそれを何回か繰り返し、日本軍はいわゆる、戦のリーダーをすべて失い、敗退してしまったのである。敗因?理由は簡単、運よく奴らはサムライの戦い方を知らなかったからだ。
蒙古人は戦の流儀を知らない輩だ。卑怯な奴らだ!
と思ったことだろう。しかし、ユーラシア大陸で戦い続けたモンゴル人にとって戦の目的は勝つことであり、敵軍を壊滅させることであるのだ。と言う、当たり前の事を知っていた。かれらは思ったことだろう日本人と言うのは戦の本質を知らないトンマな民族だと。
しかし、何回かモンゴル人と戦ううちに日本人も賢くなった。
要するに戦争、つまり戦とは集団と集団が戦うものであって、決闘、つまり一対一の戦いではないのだ。至極当たり前のことに気づいたのであった。

 日本のサッカーも同じことに気づいた。いわゆるチーム力が決め手になるのだ、個ではなく団体の力量が重要なのだ。その戦い方は体の小さな日本人には有利な戦い方ではないか?古来、日本人は世界でもまれな単一民族であり、基本的に同質的であり、阿吽の呼吸が通じる人たちなのだ。
 そうと気づくと日本人ならではの高度のチームプレイを磨いてきた。確かに、1対2,3,4という戦い方の構図に持ち込んで点を稼いだ。そしてベスト16にまで入るまでに至ったのだ。
 そして次の目標はベスト8であった。そして、団体戦で120分の死闘を繰り返し、タイブレークになり決着がつかなかった。いわゆる、団体戦で決着がつかない、そして規約通りPK戦で決着をつけることになった。
 私は負けるだろうと思った。と言うのはPK戦とは戦ではなく、決闘だからだ。日本の
選手は決闘の練習などしていない?決闘とは1対1の戦いで、一人の人間の能力と体力、度胸と発想の豊かさの勝負なのである。日本のサッカー選手はそのような訓練はされていない。仕方がない。決闘は肉体の戦いと言うより心の戦いなのである。そしてその戦いはその時、以前からはじまっているのである。
 サムライとは基本的に決闘に強い人、心の戦いを制することができる人の事を指している。私はその典型に宮本武蔵を思い浮かべた。

武蔵は小次郎との巌流島での決闘でその日を迎えるためにどれだけ心の準備とその準備を裏付ける具体的な準備をしたかである。
 武蔵は小次郎と巌流島で決闘をするにあたり、まず、いわゆる剣の戦いとして何をしたかと言うと、長尺の小次郎の剣に対してその剣より少し長い剣で戦おうと判断した。と言うのは小次郎は自身の長い剣を自由に操るために長い間合いを取って戦うことが常なので、  
武蔵は小次郎の剣より少し長い剣を準備した(実際は剣ではなく舟をこぐ櫓を改良した木刀)。
武蔵は勝負が一合(最初の一振り)で決まると思ったので小次郎に自分の木刀の長さを知られないように岸辺に近づくと浅瀬に木刀を持ったまま舟から飛びおり、木刀の先を海に沈め、浜に出るや否や脇構えで小次郎に近づいた。脇構えでは正面の相手から木刀の長さは分からない。小次郎は武蔵がどのくらいの長さの刀なのか分からないまま、自分の得意な間合いになったことを確認し打ち込んだ。しかし、小次郎の剣は武蔵の額をかすった程度であったが、同時に撃った武蔵の木刀は小次郎の頭を打ち砕いた。
 決闘とはこのような独自なスタイルの戦いであり、このスキルが団体戦である戦に応用できるとは思えない。ただ、森安ジャパンはアンチ武蔵のような人達の集まりだからこそベスト8を窺うまでになったのである。
したがって、PK戦にあえて備えるとしたならば、PKサムライ部隊を特訓して備えるべきであろう。その部隊の練習は通常のサッカーの練習とはかなり違う内容になるのではないかと思う。4年後を万全の準備で迎えるための私の見解である。
                              2022年12月26日T.I
PS.その後PK戦の戦いの重要性が問われるようなゲームが続いたのでPK戦について多くが語られた。
今朝、ワールドカップが終わった。優勝はアルゼンチン、宮本武蔵の上を行くようなメッシがMVPだ。文句のつけようがない。2022年最後の世界イベント。
   そして、慎慮と洞察2022も本考で終わり。お付き合い感謝いたします。ありがとうございました。来年にまたお会いしましょう。

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