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Column

アポロ計画

 昔、あったな!こう言う計画。月に人類を送り込む。その夢をアメリカが果たす!という夢を掲げ、国を上げて取り組んだプロジェクトである。発案者はJ.Fケネディ大統領。国家がプライドをかけて邁進する。
 同じ大統領の夢でもロシアの大統領のそれはかつてのロシアの領土を取り戻す、その手始めとしてウクライナを征服しよう!方法は焦土化して人民を抹殺する。方法はロケットを使い・・・?何かと構造は似ているが内容はえらく違う。この二国はかつて同じ夢をもって競い合ったに国なのだ。敗者は惨めだ。そして結局、犯罪者となって逃げ惑う生涯が待っている?しかし、この最後の結末はどうなるか・・・?

 今回のテーマはアポロ計画の話だが内容は若干異なる。先日、アマゾンプライムで「月面着陸の真実」というのを観た。期待値はあの計画自体がフェイクだ!というような映画かと思ったがそうではない映画だった。内容はいかに危険を冒した計画であったかというような映画であった。しかし、その中で私が一番驚いたのは最後に語られた、この計画を推進したのは20歳代の人たちであったことである。たとえば、テレビでよく写し出されたアポロ計画のコントロールセンターの人達の平均年齢は29歳であるということだ。大学を出たての人たちが動かしたということだった。月に到達したのが1969年7月20日!
 この時点でアメリカは若者のポテンシャルを分かっていたことである。50年も前にである。この学習はその後の国の発展に大きく寄与する。
 
 つまり何が言いたいのかというと国家の威信をかけて、それこそ天文学的なお金をかけた国家の事業に20歳代の若者を使うということだ。私はこの偉業を23歳で人ごとの様に観ていたのだからだ、というのはどうやったら、私がこの計画にかかわれただろうかという事である。しかし、私が特別に有能な能力を有していたとしても日本ではその能力を発揮できずに終わってしまったろう。
・アメリカ人はこのように考える。たしかにこれまでだれも月になど行った経験がないのでそのことについて知っている人、経験のある人などはいない。そしてあるとしたら、そんな夢を実現する方法を学ぶことができた大学出たての人がイイだろう、と。アポロ計画は初めて体験することなので何から何まで初めて尽くしである。だから、若い奴の方がイイ!若者の未知の可能性に賭ける国である。
 地球の引力圏からどうやって出て、月のそれにどうやって入り、そこからどうやって月に着陸するのか、そしてどうやって戻るのか??初めての事だ。できるのは予想して計算すること、計算するためのコンピュータ?1969年時代のそれを?考えてほしい。電卓もなかった時代、計算尺か?そうは言ってもIBMを擁しているアメリカNASAだからほどほどの物はあった?しかし、苦労しそうだ。それこそ頭脳の体力がなければ計算できそうもない。それにだれも経験がないのだから・・・?若い人の方が良いかもしれない。
 若い人は大学院でそのようなことを学んでいるかもしれない?大学院の研究は企業などの研究と違いそのような研究のための研究をしている、というよりいつか役に立つ研究をしている?アメリカの大学はそのような直ぐに役に立つ研究より、そうではない研究に力を入れる傾向にある。正確に言えば未来を形づくるような研究である。

 ここ2年ばかり私はそのような研究をしてきた、とある大学の未来戦略を策定する仕事をやることになったからだ。そこで注目をしたのがアメリカのカーネギーメロン大学CMUである。この大学、日本では知っている人は一握りであろう。その名の通り創設者はあの鉄鋼王のアンドリュー・カ―ネギ―である。詳細はwikを読んでいただくとして。この大学はTHE(times higher education)のランキング2022で世界28位である。因みに東大は35位、京大は61位であるのでいかに優秀校かが分かる。
 学校の優秀性を測る基準はいろいろあるがよく日本で言われる偏差値とは測るものまったく違うと言っていい。THEは基本的に大学の研究力のランキングとってもいいのでリベラルアーツカレッジなどには全く不利である。そして、その分野が産業の中心的な分野に強い大学なら必然的にランキングが高くなる傾向になる。
 CMUが高いランキングを得ているのはコンピュータサイエンスに1980年代より学部をもうけて取り組んできた、また元来、芸術部門が強いでの文学や物語についての研究にいち早く取り組み必然的に多くの研究論文が書かれた。そこでコンピュータと物語の融合を考える教授二人が優れたコンピュ―ターゲームを創出した。日本がコンピューターゲームのインベーダーで夢中になっている頃にである。したがって、その大学で書かれた先駆的な研究論文が評価されることになる。それ以来それがCMUの文化となった。SONYも社員をCMUに留学させていると言われている。

・東大や京大の発端は明治初年に遅れていた西洋に追いつくために西洋の知識を獲得して配電盤としてあらゆる分野に分配するための大学であった。日本の大学のランキングが低いのは大学とはそのような機能を持ったものだという先入観のためである。
 しかし、かつてのアメリカにもその気はあった。ドイツモデルを参考にアメリカの大学をドイツの様にしようと横並びで真似をしたからだ。しかし、かれらは本質を見誤っていなかった。先駆的な研究が国家を豊かにするというのが本質的なことであることを!
・私はアポロ計画の体験は夢も育てたが、産業も育て、大学も育てた。国家運営の3つの柱を。日本では使い物になる社員を育てるには社内教育を徹底的にするに限る。だいたい大学で企業に役に立つ教育等をしているわけはない?とそんな文化があった。その結果、日本は大学の競争にも企業の競争にも国家の競争にも負けている。
                           2022年7月18日 T.I

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