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Column

びっくりさせられる

 これはいたって個人的なことなのだが、先日初めて大腸カメラなるものを体験した。去年、便に血液反応があったということで医師から勧められたのである。正直、ある程度は覚悟をしていた。このところ”便秘気味だし?”ということだ。大腸がんになってもおかしくない年齢だ75年も生きており、長年、おなかのトラブルで悩まされた。それが心理的なものか、それとも生理的なものかが分からなかったが胃腸が弱いのが悩みの種であった。
 そのために胃腸を丈夫にすると言われた腹筋、背筋運動と最近はウォーキングのノルマを課しており、これは旅行先でもできるのでここ40年間は盲腸手術の後の1カ月休んだだけで欠かしたことはなかった。お陰でウェストのサイズはここ50年間は75センチ前後で今でも30年前のスーツが着られるという特典に与れていた。
 3年前に胃カメラ検査をお願いしたクリニックだったので検査の要領は何となくわかっていた、大腸内を綺麗にする準備を三種類の薬を飲み、絶食して病院に行った。あとは寝ていれば済む話で検査後すぐに結果が出た。なんと大腸内に9個のポリープがあり、それを全て取り除き、その中の一つがあやしいので病理に回したとのことであった。
 それにしても9個のポリープとは?多分これらは60年近くかけて造られたものであろうと勝手に思った。こいつらのお陰で若い頃に苦労をさせられたのか?
 そして2週間後病理に回された一つの結果が出るので最後の審判を聴きに出かけた。ほぼ、大腸がんを覚悟して行ったのであるがそれは良性であることが分かった。ただ、大腸がんは、というより癌という病気そのものが日本人の二人に一人罹るという国民病のようなものであるという話を聞いており、これまで言われていたような不治の病ではないと思う気持ちが勝っていたので、そう宣告されても何とかなると思っていたから意外と冷静に受け止めたが、びっくりさせられたのは確かである。

 今から40年以上も前に母が乳がんで亡くなった際にがんの恐ろしさをいやというほど知らされた。あの当時、がんは不治の病で救いようのない病気であった。
したがって、丸山ワクチンのような霊薬を求めて多くの人が奔走し、テレビなどで毎日のように取り上げられたのである。私も明け方の暗いうちに、文京区にある東京医科歯科大学病院に当日配布される分の丸山ワクチンをオートバイで受け取りに行ったのを覚えている。
 あの当時、主治医に丸山ワクチンを打ってほしいのですが?と言うと手の施しようのない患者の家族の最後の頼みを拒絶するまでもなく、打ってくれたのである。その緊迫感はファイザーやモデルナのワクチンの比ではない気がしたものである。まだ、暗い病院の待合室には家族の誰かのために多くの人がそれを求めて来るのである。
しかし、母はその甲斐もなく亡くなったが、その闘病のプロセスは確かにトラウマになったようである。癌は恐ろしい病気であるという。
 母は60歳で亡くなったので私はそれより15年も長く生きている、ある面で覚悟もあったのかもしれない。それにしても、母の60年の生涯は少々短すぎた感はある。その母は鎌倉霊園に眠っていて、私が鎌倉に住むキッカケをつくってくれたのであるがその墓地のご近所さんは意外なことに鎌倉の人より都内などに住んでいる人の方が多いようである。そのせいかしれないが、わが家の墓の回りが空き始めているのである。多分、通いきれないのではないか?それで便利なマンション墓地に墓移りをしたのではないかと思う。どう考えても無縁になって管理料が払われないという風ではなさそうだからだ。
マンション墓地がトレンドになっており、都内の便利なところの墓地というより大型集合納骨堂のようなものが出来上がり、鎌倉くんだりまで遠方から来ることなく済む時代になった。
人と家が分離して、人と人が永遠に眠る場所はどこがいいのかを考えると、海だったり、樹木の下だったり、挙句の果てはロケットで宇宙の彼方だったり人それぞれであろう。運よく愛する人がいたならばその人と永遠の中に暮らすのも悪くない。そんなことを考える歳になったのであろうか?
 しかし、最近は自分の墓ですら長いこと居座ることができなくなった。まず、管理費を払わないと次の年から一年位の猶予で立札が建てられ、期限付きで連絡がなければ撤去されてしまうのだ。墓石は片づけられて、お骨は無縁仏のところに葬られる。トンデモナイ時代になったものである。そう考えるとどこか風光明媚な場所に土地を買って墓を移したいものであると考えたが、墓と言うモノはいくら自分の土地だからといって勝手に建てることはできないらしい?理想的なことは墓石が朽ちるまで静かに置いてもらえるところはないのだろうかという事である。
昨年末、京都に出かけた際に式子内親王の墓を訪ねた。般舟院陵の隣にあり、そこは口伝えに式子内親王の墓と言われていたのだが、その小さな五輪の塔に名が彫られていなくともそれが彼女の墓といわれている。それでも存在していることが墓の価値なのではないか?私はそこにお墓の理想形を見る思いがした気がしないではない。
                                  泉 利治
2022年2月14日

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