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Column

認知機能検査

 自動車が好きな人にとってそれが何らかの権力によって奪われるのは何ものにも勝る恐怖である。後期高齢者になった人たちはそのような自分にとって何よりも大事なものが奪われる一群の人たちなのである。
 最愛な人、最愛なこと、最愛なもの、それと必要かくべからざるもの・・・・私はここ一年くらいで最初のものを失う危機に直面した。しかし、それは今のところ回避できたがいつかそれは訪れるだろう。これは宿命である。

 ともかく。自動車が運転できなくなったら、物理的にも、情緒的にも困ったことになることは確実である。私の住んでいる谷戸で自動車が好きな人は私を含めて3人はいる。私の他にHONDAインスパイアに乗っているW氏、それとPORCHE GT3に乗っているY氏、そして私の3人である。W氏と私は同年代でどういうわけか車種は違えども同じ黒色のセダンに乗っている。彼は私以上に車の運転が好きなようで毎日、少なくとも2時間は鎌倉近辺をツーリングしているようだ。お気に入りのハンチングをかぶり、煙草を咥えながら運転する姿を必ず見かけたものであった。ところがあるころから、その自動車を見かけることがなくなった。
 家人との間で時々、W氏の自動車を見かけなくなったねという話が出るようになり、気になっていた。そうしたらある夜のドキュメンタリー報道で彼が突然、画面に飛び込んできた。そのドキュメンタリーとはある有名な病院の一日を追いかける番組でその中で取材を受けた人の一人であったのだ。車椅子に乗ったW氏はそれでも快活にインタビューに答えていたのが印象的であった。快癒してまた、ツーリングをしている姿を見かけたいものである。
 自動車が好きな人、と言うより自らの愛車で駆けることが好きな人がそれを何らかの理由から断たれるということくらい残酷なことはないであろう。ただ、私に対しても免許を返納することを推奨する、もしくは強制的に剥奪する社会的プレッシャーは殊のほか強い。 
エポックになったのは例の池袋の高齢ドライバーの事故である。そのうえ事故に上塗りをするように強硬に自分の正当性を曲げなかった上級国民?の老人。かれが自分の犯した行動を認めるまでの長い期間は社会的に高齢ドライバーがいかに問題なのかを全ての人々に報せた。
おかげで30年間通い慣れた道での一時停止をしなかった理由で切符を切られ7000円のペナルティ、ここまではわかる。2週間くらいして認知機能検査を指定した日時に受ける命令書がきた。無断欠席をしたなら免許証を剥奪するという!これには驚いた。ということで朝6時に起きて、2つの電車に乗り継いで試験場に出かけた。まさに認知機能が健全か否かを調べるテストを受けるためである。
少々、心配なこともあった。最近とみに物忘れが多くなったと感じることが多くなった
からだ。しかし、歳だから仕方がないにしてもそれがもとで事故を起こしては被害者、加害者共に不幸になる。また、それがもとで免許証を失うのも怖いものだ。自動車を運転する楽しみを奪われてしまうからである。
 どんな検査をやるのだろうか?Netで調べてみる。驚いたことに問題集もあるようだ。でも、そこまではと思いながらも、詳細を調べるとどんな検査をやるのかが分かってきた。

 その検査は簡単なもので幼稚園の子でもできるものであった。しかし、体験してみるとそれは思いのほか難しかった。それは記憶力を測るような検査であり、3つのテストで構成されているシンプルなものであった。
①自分の名前、生年月日、現在の日時を書く。
②4つのボードに記載された4枚の絵に見せられて、後でその内容を書く。
③11時10分の時計の文字盤を描く。
以上のも3つである。難関は②である。この問題は2つにわかれている。調査手法でいう②―1は純粋想起の記憶。②―2は助成想起の記憶を調べるものだ。指導官はそのテストをやる前に何分かを、その内容を忘れるような様々な話をして、受験者の記憶を消すような情報を与える。
そして、答案用紙を見せる。問題①は4×4、計16の絵が何だったかを書くことである。調査法で言うと純粋に想起される記憶をテストしているのである。私は3分の2くらいしか思いだせなかった。このテストは76点以上でないと合格ではないので、これはヤバいなと一瞬思う?それから数分くらいして今度は16の絵のカテゴリー名が書いてありその右にボードの中の絵に画いてあった内容を書く、たとえば「文房具→ハサミ」「鳥→クジャク」のように書くのだが、私は16問中15を答えられた。
③は時間との勝負である。時計の文字盤を書いて、時刻を入れて、短針長針で11時10分を書き入れる。運よく、私は家で7つの時計の文字盤を見て生活をしている。しかし、短時間の中で白紙に文字盤を書き入れるのは殊のほか大変かもしれない。つまり、時間という分からない概念を思い浮かべて正確に書き入れるテストなのである。時間という抽象的な概念をイメージすることが運転能力のどこと繋がっているのか定かではないが?
30分してテスト結果が分かるが、私は88点。まあ余裕で通った感じだが何人かは76点に行かなかったようである。一番、高齢と思われる人は72点であった。今後どうするか指導官に聞いていた。このテストをもう一度受ける方法と教習場で6000円+αを支払って2時間の講習を受け、やり過ごすか?
このテスト、人間の最もプロミティブな能力を試すもので入学試験や資格試験とは明らかに異なる、だから、準備と言うのも難しいようだ。人間の根源的なテストの様な気がする。しかし、二度とやりたくないテストだな!!
                                    泉 利治
2021年11月1日

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