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Column

スマホの功罪

 スマホがない時代に家族旅行をしてよかった!と思った。
昨日、ウィーン市内にある洋菓子の名店がどこか知りたくて昔、何度かウィーンを訪ねた際の何冊かのアルバムを拡げた。結局、その名店はわからずじまいだったがその時のことが甦ってきた。90年代の日付がアルバムの背に張ってあるので30年近く前の家族写真である。自分たちは若く、娘は小さかった。一枚、一枚の写真の記憶が甦った。その時、一瞬、スマホのない時代だから、こんなことが経験出来るのだと思ったのである。
 スマホと言うのは確かに便利である。たとえば旅行の際にカメラを持って行くのは今となってみると面倒であった。まして、一眼レフのカメラなどは重い上にかさばり、欲を出してズームレンズをセットして持って行った時の苦しみに旅行の楽しさは半減する。バチバチ撮るのはいいが、いいところでフィルムが切れてしまい、持ち合わせがなかった暁には家族にはぶうぶう言われるし、当の本人はそれ以上に悔やんだものである。
 旅行が終わって家に帰ってからもう一山あった。どの写真を現像するかである。面倒だから全部サービスサイズに紙焼きしようものなら、出費も膨大なものになってしまうし、アルバムに貼るには結構イマイチのものが出て、さらに悔やまれることが多々あったものであった。最後にもう一山あった。アルバムの貼り付ける仕事である。
 運よく、本当に運よくそれは家人の仕事であった。万事、几帳面な家人はそれらの紙焼きした写真を記憶をもとにドラマチックにたとえば残された美術館のチケットなどと共に貼り付けてアルバムを作ってくれたのである。それらは何年かに一度くらいにしか開かれないかもしれないが何かの折に開いてみた時に代えがたい感動を呼ぶものである。こんな感動は我が家にしかない感動であった。
 
スマホを持つようになってカメラが内蔵されたそれは記録を残すことにかけては異次元の便利さである。それになんと動画を撮れる装置も内蔵されているのである。しかしどうだろう?それらの写真や動画はどうなっているのだろうか?二度と見ることもなく、容量が増えたスマホの中にしまい込まれている。それはスマホを変えた際に次のスマホに移行されるかもしれないが何を残しておきたかったのかという気も徐々に失せてしまう。それらの写真は私という個人の記憶と同じようにいたって個人的なものであり、それは家族の写真でもそのような位置づけになってしまうからなのだ。
 
 家族のアルバムはその家族の絆を、歴史を、感動を共有できる最善のものである気がしないではない。人は思い出の中に生きると言いきれないにしても、家族は間違いなく思い出の中にあるものである。
 やはり、アルバムと言うモノこそが伝えられる唯一のモノなのである。このようなモノと共に存在する感動と言うものはそのような時代と結び付けられて生きた私、もしくはその時代に生きた人たちだけものなのだろう。何物にも代えがたい、そういうものなのだ。

 最初に戻るとその名店はどうもDEMELであったようなのだが自分の記憶ではそうじゃない気がしていたのである。何を調べていたのかと言うと洋菓子のブランドを調べていて日本では手に入らないオーストリアの洋菓子のブランドがあったような気がしていたのである。
その店には冬に出かけた際に何度か訪ねた。店に入るとショーウィンドーの前に分厚い、カーテンと言うより緞子のようなものがありそれを押し分けて入らないとお菓子を買えないのである。店に入っても商品を見ることができなかったからだ。しかし、緞子のような重いカーテンの中に入った途端、ショーウィンドーの中のお菓子が宝石のように輝いて見えたものであった。ウィーンの冬はとてつもなく寒く、店全体を温めることができないようだが接客のショーウィンドーのところだけ暖かくしないと商売にならないのであろう。
 ここでクッキーを買ったのはケーキは日本には持って行けないからなのである。紙の皿のようなものにいろいろな形のクッキーがセロファンの下に整然と並んでいたが何ともハンドメイド感のあるパッケージであった。(正確にいうとザッハトルテは持ち帰ることができた。ザッハーホテルを定宿にしていた私はクロークに帰国する日の朝までにいくつかのザッハトルテを注文にして、本物のザッハトルテを土産とした。これは日持ちがよかった)
 洋菓子の水準はその国が王家を持っているか否かで決まる。オーストリアはハプスブルク家の王の国であり、もう一つのフランスはブルボン王家を持っていた。この二つの洋菓子大国は今でも世界をリードしている。
 
何年か前にウィーンにかつて住んでいたデジャブの話を書いた。そこはリンクを挟んだウィーン大学の向かいのバスクワラティハウスという建物でかつてベートーベンが何年か住んだらしいが私が住んだ1884年以降の遥か以前のようだ・・・?やはり、ウィーンにはもう一度行こうという、思いをあらたにした・・・!
                                  泉 利治
2021年10月25日

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