ブランドワークス

Column

ホームズとボンド

 英国文学が生んだ稀代の人物とはこの二人をもって極まれるのではないか?
ジェームス・ボンドが私たちの茶の間を沸かした時代があった。なにせ、ジェームス・ボンド映画の新作の封切りが近づくとテレビのゴールデンタイムの1時間番組に新作の興味深いシーンのカットを映し、司会者がコメントしそのシーンについてゲストに招かれた売れっ子タレントがああでもない、こうでもないと数秒のカットに対して5分間くらい語り合うのである。
 そんな映画配給会社が喜びそうな企画を放映するのを家族そろってみるのだから否が応でもジェームス・ボンドのアストンマーチンDB5は有名になるのである。たしかにアストンマーチンDB5は番組の花であった。まず、秘密兵器開発主任のQからボンドがアストンマーチンの説明を受けるシーン・・・・元祖カーナビ、ギアボックスに並んである操作ボックスの説明、その後にそれらが使われるシーンが次々に番組で紹介されるのである。まず、男の子でなくとも映画を観たくなってしまう。
そんな時代、当時の出版会社からシャーロック・ホームズの時代ではなくなったのですね?と愚痴の一つも出た話が紹介されたものであった。
 しかし、それ以上に私が感じたことはそのような現実的なスーパーマンがイギリスに生まれた理由であった。現実的な?と言うのは空を飛ばないスーパーマンであるシャーロック・ホームズやジェームス・ボンドのことである。

 信じられないことだがアマゾンプライムの会員である私は今、ジェームス・ボンドの全作品を自由に見ることができる。そして、テレビの契約チャネルで例のシャーロック・ホームズシリーズ毎週を見ることができる。こうやって、わが家で二人の稀代のスーパーマンの映像を見ることができるのだが、この二人いずれにしても男の憧れを絵にしたような人物である。
 この二人をあらためて見てみると物語のリアル性と言ったら、シャーロック・ホームズ譚の方が数段上である?というのはグラナダテレビのホームズドラマはいわゆる原作に忠実に製作されているがジェームス・ボンドのシリーズは時代を経るごとにエンターティメント性を誇張するあまりに荒唐無稽になりつつあるからだ。つまり、ボンド自身のスーパーマン化と彼の持つ装備の過剰性が現実ばなれしている。
最も新しいダニエル・クレイグのボンドはまさにそれで映画製作の新技術であるコンピューターグラフィックを使ったそれによって出来ないことはないボンドを創り出してしまった感がある。
あらためてそれを映画として観ると確かに「ロシアより愛をこめて」は一番の傑作かもしれない。Qが開発した装備はリアリティをもってボンドの窮地を救う、オリエント急行の中で使うアタッシュケースはそれを開ける際の操作の違いで煙が出る仕掛けなどは現実的なスパイの道具のようなリアリティがあり、こんなことが本当に起こるのだろうと思わせるシーンである。
因みにそのアタッシュケースはスウェイン&エドニ―というロンドンに実際に存在する会社でつくっているもので、ボンドの使用する秘密兵器は英国一のメーカーと協力して製作するのである。それを知った私はロンドンのその店に行ってアタッシュケースを買い、その後、その店の傘は今でも愛用している。というのがこの店の正式名称はSWAINE ADENY BRIGG& Sons Ltd.で最後のBRIGGが傘をつくっているのである。しかし、その傘はボンドシリーズでは使われない。小道具の一つに傘が追加されたとしたならば多分、Q課はここに製作協力を依頼するだろう?

それに比べるとホームズはお気に入りのブランドアイテムはあまり聞かない、私が知っているものは愛用のストラディバリウスとフォン・ボルグ大佐から奪ったインペリアル・トーケイワインくらいだ。ただ、双方、世界一のブランドなのだ。それ以来、私はトーケイ酒を愛飲するようになったがどういうわけか雑多なワインの影に隠れて、ここのところご無沙汰している。このワイン、ハンガリーの銘酒である。
因みにこのワインは「最後の挨拶」で登場するのだがその時に初めてホームズ物語に自動車も登場する、と言うのはその事件は1914年に起きたからである。第一次大戦のドイツ人スパイの裏をかいて英国の勝利に貢献するのだが、ホームズはボンドの大先輩であることとその貢献が国家に対しての忠誠から生まれたものであることが分かる。いずれにしてもこの二人は時代の落とし子の様なスーパーマンなのであろう。

いやいや、歳のせいにはしたくないがどうも私はホームズ譚を深く読んでいないようである。「ストラディバリウスとインペリアルトーケイだけ・・・」などということ自体が私の痴呆症の始まりかもしれない。一階の本棚から「シャーロック・ホームズの見たロンドン」という本を取り出して見るとホームズがボンドに負けず劣らずこだわりの強い男であったことが分かる。なぜならばお気に入りのホテルがClaridge’sらしいようなので・・・・まだまだ、聖典の再読が必要だな!
私は今回テレビのホームズシリーズを見た後にその物語のオリジナルを読んでいる。そうするとそのテレビシリーズが原書とどう違うのかなどが分かりそれなりに面白いものである。とくに地方などが舞台の場合、グーグルマップでその場所を確認できる。驚くべきことにその景色がテレビシリーズの舞台と同じような場所を見ることができる点である。
 日本人はごまかせても英国人はごまかせないからだろうがこの時代はSNSで日本にいても「あやしい自転車乗り」の事件現場であるサリー州のファーナムが手に取るように見ることができるからである。
                          末席にいるシャーロッキアン
 2021年10月11日

Share on Facebook