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Column

記憶回路

 確実に記憶が失われているようだ、と感じるこの頃、とくに高齢になって覚えたものほど、忘れる傾向にある。記憶というものは人がそれ以前に何らかの回路を記憶することによって記憶するに違いない。というのは、現在、私はこの文章をワードで作っている。それはキーボードを操作するという方法に紐づけされて記憶していることによって成り立っている。そして、もう一つの方法は筆記具を使って紙に書いていく方法である。これは文字図形を手で再現する行為で成り立っている。
 筆記具法とキーボード法この二つのいずれかを使い文章を作っているが、もう一つあるとしたら口述という方法だろう。話したことを秘書のような人が文章化する方法である。今ならコンピュータによる自動書記?というものがあると思われる。
 文章を創作する方法はそのいずれかと不可分のもので、いくつかの要素が絶妙な何かで結びついて成り立っているに違いない。絶妙な何かとは記憶である。前置きが長かったが、多分、私の場合、最初に成り立ったのは筆記具法であり、その次がキーボード法であり、口述法は経験がない。私がロビンソン・クルーソー状態でどこか無人島に流れ着いて10年以上キーボードを扱わないとしたら多分、その操作を忘れてしまうに違いない。それが10年でそうなるか、5年、もしくは1年でそうなるかは個人差があるかもしれない。
 
 というのは私の記憶の中で一つのシステムとして記憶している最たるものがパワーポイント操作法である。昨日、スマホで撮影したものを印刷しようとしてそれをパソコンに送付して、それを印刷しようとした。その全部ではなくその一部を印刷したいがためにスマホに送付した。それをパソコン上で開いて、必要な個所を拡大し印刷するためにパワーポイントを立ち上げた。そこまでは良かったがその先が分からない?記憶がないのである。そうなるとお手上げで手がかりがない。パワーポイント上部のリボン?を見てクリックをして、スクリーンショットの項目に行き着いて、何となくやっているうちに何となく記憶が戻ってきたというか、一つ一つの操作を思い出してやっと目的を達成したのだが、後で思ったのはこのようにして失われた記憶を試行錯誤して再現していくのだということであった。再現してもそれを使い続けないと失われる。
 
記憶度とは多分、若い頃に覚えたものより後年に覚えたものの方が忘れるのは早いに違いない。私がパワーポイントを覚えたのは個人で企画の仕事を受けるようになってからなので高々10年前くらいなのだ。だから、半年も使わないと忘れてしまうのである。勿論、加齢がそれに拍車をかけている。
 それと記憶は頭だけではなく一種の身体的記憶と連動しているものの方が強固な記憶となるに違いない。しかし、パソコンはキーボードとマウスと目だけである。運動量があまりにも貧弱である。それにしてもその現実を目の当たりにすると愕然とするものである。それだけまだ、常人の記憶を持っていると言えば聞こえはいいが?

 モーツアルトの有名な話として、どこかの教会で耳にした門外不出の秘曲を一度聴いただけで家に戻り楽譜に再現した話は彼の天才性の一つのエピソードとして有名な逸話である。何年か前、テレビで現代のあらゆる分野のスペシャリスト(演奏家から作曲者まで)5人くらいにその曲の一部を聴かして、それを楽譜に再現してもらったところ、橋にも棒にも引っかからない結果であった。
 モーツアルトの天才性はそれだけではなく、「アマデウス」という映画の中での話だが、あらゆる曲を総譜の状態で始まりから同時に書き進めていたのだ。書きかけの楽譜をサリエリがみて愕然とするシーンがあったが、そのモーツアルトが長生きしたとしたら晩年でもそれをなしえたか?を考えると、まだ幼少のころ、あの秘曲の再現をやったくらいなので問題なくやってのけたろうと思われる。要するにワニの脳でそれをやってのけたからだ。
 人間の脳は進化の段階で3つステージがあった。最初のワニの脳の上に馬の脳ができて、その上に人の脳があるという三階建て構造になっている。人の脳の厚さは皮膚のように薄いと言われている、大脳皮質と言われているくらいだからだ。モーツアルトはワニの脳で音楽を記憶しているに違いない。私のパワーポイントの記憶などは多分、薄っぺらな皮のような部分で記憶しているのだから、すぐに消えてしまうのだろう。

 凡人がそれに対処するにはその対象である忘れたくない事柄、行為を繰り返し繰り返し毎日、反芻するしか方法がないに違いない。そんな時、私の目の前にあるキャリッジクロックが10時27分で止まっていたことに気づいた。私は時計の後ろの扉を開けてねじを巻いたが、正にこれなのだな、われわれの記憶はこの八日巻の時計と変わらないのであろう?そういえば我が家にある5台の機械式時計を管理している人間は私なのである。すべて20年以上の機械式時計である。掛け時計が1台、置時計が2台、腕時計が2台。そして私の脳時計が1台か?最近、その内の掛け時計と、腕時計が病院に入った。56歳の腕時計は10日ほど前に退院したばかり・・・・それは本考で先週ふれた?
                                   泉 利治
2021年9月27日

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