ブランドワークス

Column

ショウヘイ

 最近、つまらないニュースが多い中で出色なのが、タイトルにある名前である。
なぜならば、日本人という宿命、いわゆる体力や運動神経という点で、いわゆる白人や黒人を凌駕した日本人はこれまで見たことがなかったからだ。
 野球というスポーツでこれまで日本人選手の活躍を常に興味深く見ていた。たとえばイチロー選手が年間に打つ安打数やレーザービームの返球もなかなか凄いものであった。ただ、それらは日本人ならではの勤勉な稽古、練習によって得られたもので日本人ならではの、努力の結果えられたものである。その証拠にイチロー選手の体躯は外国人選手に比べると小さくて、かなり見劣りをするし、そのような点で日本人の限界をあらためて再認識させた気がしないではないからだ。
 
 その点、大谷選手は全く違った。まずの体が違うのだ!大谷選手と並ぶと白人や黒人の大リーガーが見劣りする。顔が小さく、背が高く、手足が長く、そのプロポーションはモデルのようである。これまで、このようなプロポーションを持った日本人はまずいなかった。最近はそれに近い体躯を持った、日本人?モデルや俳優、タレントで見ることができるようになったがここまではいかない。ただ、それらの何人かはハーフの人たちである。多分、そのような人たちを見るにつけ、日本人の血の中からはそのようなスタイルとルックスを持った人間は生まれないのだろうな、と私は思っていた。だが、大谷翔平は違っていた。私に言わせると彼は純粋の日本人でありながら日本人ではない。
 小さくて、眼鏡をかけていて、出っ歯の日本人の片鱗はどこにもない。最近は世界的にモラル観念が浸透してきたのでそのような日本人像を思っていても表現することはタブーとされている。したがって、有名な「ティファニーで朝食を」という映画を何年か前テレビで放映していたのを見て、そのような日本人のステレオタイプがその映画に登場しているのを知った時、この映画が封切られた際に、その前評判の割には日本ではヒットしなかった印象を持っていたので、それが理由なのだろうと思うようになった。
小さい日本人が世界のスポーツ界で活躍できない現実を常に目の当たりにしてきた私世代の人間には、だから大谷選手には異次元の突然変異の様な気がしてしまうのである。
 
今年の全仏テニスで二人の日本人が印象的であった。大阪なおみ選手と錦織圭選手である。大阪なおみ選手はハーフであるので、もともと体力のベースが違うのである面、世界で戦えるものは持っていた気はしていた。錦織選手は16強まで行ったがそれ以上は無理であった。錦織選手を見るといつも思うのは、彼が大谷選手並みの体躯を持っていたらジョコビッチやナダルに負けることはなかったろうと思われたからである。
 錦織選手には何となくイチロー選手と同じものを感じてしまったのである。体力的なハンデを努力で補うという公式である。
 
しかし、大谷選手に全米が驚いているのは投げてヨシ、打ってヨシという野球人なら誰でも憧れる?という想像だにしない現実を突きつけたからなのだ。よく、べーブルース以来という伝説的野球人の名前が出るが、私はこの人物が伝説的人物であった本当の理由を今回初めて知ったのだが、まさかかれも打っても、投げても、凄い選手だということを初めて知ったのであるが、そのような夢のような野球人像を潜在的に多くのアメリカ人は持っていたことも今回初めて知ったのである。
 その上、人間オオタニのキャラクターがまず、日本人離れしていることもある。デヴューしたての頃、大谷選手がホームランを打ってベンチに戻ってきたときにみんなで無視しようと約束して、誰も知らんぷりをして、おなじみのハイタッチを誰もせずに目すらお合わせないで、からかったシーンが放映された。その時の大谷選手の行動が実に可愛く、彼らしいのである。私はそれを見て、この人物は何という人物なのであろうかと思った。卑屈なところがなく、行動の全てが好人物そのものなのであった。これなら世界の誰にでも好かれるに違いないと。
 大谷選手はアメリカの子どもたちにも人気者だそうであるが、誰もがそう思うだろう。こんな日本人を見たのは初めてである。聴くところによると、現役の選手の多くがこの傑出したスーパーマンを見たくてオールスター戦を楽しみにしているらしいし、アメリカのスポーツ関係者が、なぜアメリカに大谷選手のような選手が生まれないのかを考えはじめた?という記事を見るくらいなのである。
 日本人の男性がノーベル賞を取るなどと言うことが何とも平凡なことのように思えてしまうのが、正直なところ当たり前の時代にはなったが?身長165センチという50年前の平均身長しかなかった私には想像つかない人物が「オオタニサーン!」なのである。これからも実績とその人柄で新しい日本人男子像をアメリカに広めてほしいものである。
 

                                  泉 利治
2021年6月14日

Share on Facebook