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Column

上級国民

 へえ、こういう概念があったのだ。ということがこの事件に対して最も印象に残ったことである。池袋で90歳に近い男が運転する自動車が起こした交通事故に発した様々な影響の一つである。私にとって最も直接的な影響は自動車の運転に対して一種の後ろめたさとこれまで以上に運転に対して慎重になったことである。後ろめたさとは免許証の返納であり今後、ハンドルを握るたびにそれを感じながら運転しなければならないのだろうということである。
 たしかに上級国家?ではどんな国も歩行者が王様である。映画などを見る限り発展途上国での街中を運転しているその走り方は自動車が上で、運転者や乗客は歩いている人たちを睥睨しながら移動している感がある。
 上級国民と言われたこの男の裁判のことがYAHOOのニュースに載っていたので読むと自分の記憶では絶対、アクセルとブレーキを踏み間違えていないので無罪ですと言ったことが載っていた。この矜持はどこから来るのかと思って、思い浮かんだことは、これが上級国民の自負なのだろうなと思った。それにしても見事な確信だなと思った次第である。
 
上級国民の起源は私が思うところ、公家という存在なのではないかと思う。公家とは日本における貴族階級であり、その職業は天皇という、人々とは違う生き神様の傍で手となり足となり、いわゆる面倒を見た連中のことで、古来かれらは天皇の手足となって働いていたのでいつの間にか自分も天皇と同じ神なのではないかと勘違いした連中のことを言っている。その名残は別名“役人”として残っている。
 日本という国家は公家が幅を利かした時代を少なからず、1300年近く体験している、いわゆる平安時代までである。鎌倉時代から江戸時代までは武士が支配したからだ。公家とは前記したように天皇の手足となって働く“役”を持った存在なので役人と言われた。役人のセオリーとは過去に起きたことに対処したことを常に忠実に再現することである。以前やったことが正しいのだから今がある。正しいこととは簡単で天皇が不満を述べなかったからである。だから、そうしようよ!というやり方である。イノベーションなんかしたら天皇がなんというか分からない
 今回のコロナ対策で様々な手配したのは基本的に役人である。かれらは過去のやり方を踏襲するメソッドに対して絶対の信頼を持っているので、新しいメソッドなどを選択するという発想は初めからない。ところが公家がいない国では最も新しいやり方を採用するのがフツーなのでどんどん採用し、実行し、結果が思わしくなければ別の方法を採用するという方法で対処する。だから、コロナ禍では上手くいくことになる。

 上級国民とは公家階級のことを言っている。それは自分を天皇(神)の分身と勘違いした国民のことである。事故の当事者である彼は東京大学という国家の最高権威の所で学習し、それ以上の大学院で博士号をとり、その後は確か国家機関で働いたのだ。役人として、である。いわゆる役人根性がこれほど染みついている人はいないだろう。ただ、その後が卑しい。民間企業に天下りをした。そこはあまりいただけない。
 そのプロセスが生んだ象徴的な出来事が「ワラワがアクセルとブレーキを間違えるわけはないだろう!」ということなのだ。うん、確かに上級国民と言われるわけである。フツーならそうは言わないだろう。上級国民とは信念と確信の権化なのである。“われ思うゆえにわれあり”?ここまでは聡明ではないと思われるが?ここまで哲学的な確信に裏付けられたものではないからだ。しかし、公家でありながら工学博士号を持っているという彼にしては現代の最先端技術の結晶であるプリウスの技術が理解できなかったのか、理解しようとしなかったのか?老いがそうさせてしまったのか分からない。
 ただ、事故を起こした後、救急車を呼ぶ前に息子に電話をして、自分の拙い情報を隠すように指示したというから、一概に老いがゆえにとは言えなさそうだ。このあたりの下りは源氏物語か枕草子に書いてありそうである。

 人間90年近くも生きてくると自分を支えてきた信条をそう簡単に捨てることはできないことは判る。したがって、慎重に生きる道を探るのだろう。そう考えるとこの人物にとって自動車の運転はリスクが大きすぎた。本来、牛車に乗るような人物なのだからである?だからせめて専属の運転手を雇えばよかったのですよ・・・?だがそれほどの余裕がなかったのであろうが、予約したフランス料理店に向かう時間が気になっての事故というのは確かに上級国民らしかった。
 この事件を機に運転免許証の返納者が増えたと言うが、その理由の本質は事故による道徳的な理由より、その後の自身の人生に対する恐怖からなのではないかと思う。また、若い芸能人が自動車事故により7億円を超える賠償金を負ったことが昨夜のニュースになっていたが自動車運転の怖さを教えるような話である。上級国民も平等にその対価を支払はなければならない時代になったのである。
 
                                   泉 利治
2021年5月3日

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