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Column

SDG’s と Society5.0

 というような流行りの事に私は無頓着である。これらについては2年以上前に耳にしていた。元来、世の中の新しい動きに対して批判的であり、と言うより無視するというのが私のやり方で、これは本質的に言えば私の職業を考えると致命的な欠陥かもしれない。しかし、その資質もいい具合に歳をとると役に立つ、自分の身の周りの事だけに気配りをしていれば事足りた生活で、肉体的にも頭脳的にもそのくらいのことしかできなくなる。
自分以外のことに関してはいわゆる、家族に関する様々なことに対して考え、行動し、意志決定するというのがせいぜいである。年齢による衰え、つまり肉体的なことと頭脳的なことから自然とそのような領域に絞り込むのだろうと思う。
 したがって、その延長線であろうと思われるがその現れとして、表題のSDG’sやSociety5.0などということに関しては全く興味が湧かなかった。私は仕事の割には新しいことに対してはまず拒否から入るタイプなのである。そのようなことに素早く対応する輩は軽佻浮薄の人間の典型であるとして、昔から軽蔑している。
その背景にはそのような輩は自分と言うものを持たないからそのような行動をするのだろう。ということからである。こんな性格であるので世の中がSociety5.0やSDG’sと騒ぎ立てることに対して知ろうとも思うはずもなかった。
 
しかし、仕事上これらのことを知らないわけにはいかなくなったとしたら話は別である。
とは言っても傍観者的にこれらについて調べ始める。この二つのワードの頻度としてはSDG’sのほうが頻度は多い。それはこの言葉を使うことのメリットが多いからであろう。 
SDG’sとは国連が掲げた世界にある不幸の源にある課題を解決するための標語である。したがって、この言葉を企業が掲げれば、その企業が人類に貢献しようとする、良い企業なのであるということになる。その項目が17もあるのでどのような企業でも掲げることが出来る、いわゆる最先端の道徳訓のようなものである。宗教がこれまで担ってきたようなことを代弁していると言えないことはない。
しかし、それを尊重しないと極悪人のような強迫観念にとらわれているのが現在の動きなのではないか、これを掲げるとどんな会社でもいっぱしの存在価値を持ったように見えるから不思議なものである。でもそれだけで会社は発展するものではないが。
どのような会社でもその会社ならではの存在価値があり、まずそれを語ろうが、語るまいが先にある。本来そこが始まりであろう、したがって、そうかんがえるとSDG’sを掲げる企業とは私のような人間から見ると単なる流行を追う、上っ面だけで体裁を整えようとする馬鹿な企業に見えてしまう、流行りの服を着て自慢げに往来を闊歩している軽薄な人間に見えてしまう。世界はそんな単純なことではないだろう?

SDG’sに比べるとSociety5.0は納得性を感じる。小学校の頃に社会科で習った、狩猟社会⇒農耕社会⇒工業社会⇒情報化社会⇒超スマート社会?という最後の超スマート社会のことに焦点を当てた社会のことを指している。
そのワードを聞いたのは確か2年くらい前に、ある大学のために文科省の次官に話を聞きに行った際に知ったのである。つまり、これからの教育のあり方としてそのような社会に生きる子どもたちがその社会の恩恵を受けて自分と社会の幸せのための教育をしなければならないということであったのだ!おお、さすがに文科省の知恵袋だな、と思うことしきりであった。
私はその時、初めて国家レベルのお役所に入ったのだが、文科省と言うのはテレビで紹介されたあのエントランスの映像しか知らなかったので、あの小さな建物の中に仕事場があるのかと思って出かけたのだが、受付はその後ろにある超高層ビルの一階にあり、そこで取り次いでもらったが、その超高層巨大ビルが文科省の本丸であった。確かにあの小さなエントランスがある建物ではないこと分かった次第であった。
その人物は教育行政の大物であったらしく、と言っても私時代の政治の大物という感じではなく、どちらかと言うと学者肌の研究者のような人で、その人物のことを知りたくて家に帰ってネットで見てみるとイギリスの教育事情について語っていた、イギリスのパブリックスクールの事例を引いて、話していたのが印象的であった。

Society5.0だが、私が社会科で習ったのは3段階目の工業化社会までで、それは私がホンダという会社でその恩恵を受けていた頃まで続いていたのだが、いま考えるとホンダからPAOSに転職したことは知らずに情報化社会の仕事にすることを選択したことになっていたのだった。現実として、わたしはその会社で情報化社会という言葉・・・訳も分からないその言葉の洗礼を受けて、正直、3年間は鳴かず飛ばずの時代であった。
情報化社会を絵解きしたのがNECのC&Cという言葉とMITが考え描いた図である。あの当時、あの図にあった、コンピューターと電話から始まる情報通信機器が将来、結び付くなどということが全く想像が出来なかったのだが、現実として、現在、世界のだれもがそれが結びついた機器を片手に生活しているのである。正直、その予言の確かさに舌を巻いている。
とは言っても“論語とそろばん”まで立ち戻ろうとは思わないが?考えるとこの渋沢さん、どちらかと言うと農耕社会から工業社会へ橋渡しをした人物なのであろう。そのためにその基盤である株式会社を日本にたくさん作ったのである。
そこまでくると何となくこの世界のカラクリが見えてくる。今の世の中が、というより日本が必要としている人物は超スマート社会の渋沢さんなのだ?NHKの大河ドラマのコンセプトに脱帽だな!
                                  泉 利治
2021年4月12日

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