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Column

そうだ!Go To京都だ!

 今年は京都に1回しか行けなかった。春の分がコロナのためにキャンセルせざるをえなかったのである。ホテルにキャンセルを伝えた時、即座に秋の分を予約してきたことで今回の京都行きが実現したのではあったが、前日にニュースでGo Toの是非が論じられ始め、今回の京都行が一週間遅れていたら、またキャンセルせざるをえなかったかもしれない。
 私の京都行は多分に取材を兼ねており、かなり目的的に何日か過ごすことになる。今回も光悦関連の取材が主であったが比較的人も少なく静かな京都を実感したのが正直なところであった。今回、初めてだが京都で紅葉を体験した。今さらと思われるかもしれないがこれまで紅葉の時期は人が多いということと、ホテル会員の制限でその時期に割引がないことで紅葉を見損なっていたのである。ところがコロナのお蔭で人が少ない上にその制限も緩和されたのでまさにこれが噂の京都の紅葉というものかという感動を味わった次第である。
 紅葉には二つの種類があると思う。マクロ紅葉とミクロ紅葉である。経済学をもじった造語はとっさに思い付いたものなのだがマクロ紅葉とは遠くの山々全体を彩る紅葉群の美しさを指しており、ミクロ紅葉とは一本の木、一枚の葉の紅葉の美しさを指している。
 私は紅葉の美しさとはマクロ紅葉を指しているものばかりかと思っていた。たとえば鎌倉の紅葉はマクロ紅葉で我が家の目の前の山も点々と紅葉した木としない木のコントラストが美しく、また、常に日本で最初の紅葉として紹介される北海道の紅葉の美しさは連なる山々を覆う異なる木々の紅葉を全体として見た時に感じる美しさであろう。たしかにそれも美しいがそれだけではなかったのだ。
 
今回は藤原定家に近づきたいと思いから小倉山をめざした。定家が小倉百人一首を編纂したと言われるところである。ここ何年か嵯峨野には行っていなかったので旅行初日に出かけた。私の定宿は京都市役所の向かいなのでいたって交通の便が良い。それでもそこには一本ではいけなかった。地下鉄とバスを乗りついで小倉山をめざす。常寂光寺、二尊院、祇王寺、化野念仏寺という定番コースがイイだろうということで最初に訪れた常寂光寺、この境内に入った時にそこで浴びた光がなんと、紅葉なのである。木々の紅葉を透して光がその色に染まるのである。詩人ならばそのあたりをもう少しうまく表現するのだろうがその驚きで足が一瞬、止まるほど美しい。
 そして身近にある葉を見るとその一枚一枚が緑から赤に至るグラデーションで信じられないくらいの美しさである。そしてそれらの一枚の葉が数知れず空を覆うとどのようになるか、言葉では表現できない、私は名残惜しくて落ちているもみじの一枚一枚を入口で戴いたパンフレットに挟んだ。

常寂光寺の美しさの次が二尊院で、境内に続く象徴的な広い石段と左右のモミジは「そうだ、京都行こう」のCFで見かけるような象徴的な嵯峨野の寺である。ここには藤原定家の山荘があったとされる時雨亭がある。定かではないとされてはいるが、まあ、ここにあってもおかしくはない。山の中腹にあるのでそこから見る京都市内が美しい。この二尊院が小倉餡の発祥の地であるということで寺内にあった休み所で小倉豆?で作られたぜんざいをいただく。格別である。
 
次は祇王寺であるがその前にほとんど知られていない寺が向かいにあった。それは檀林寺という寺で平安期の絶世の美女皇后の檀林皇后を祀った寺である。寺自体は50年近く前に再建されたと聞いたが、そんなことゆえか、檀林皇后も知る人ぞ知るという人物なので寺内には一人か二人しか人はいなかった。私は何年か前、檀林皇后について書いた本を読んで興味を抱いたのはその死に関するエピソードであった。
 彼女は自分が死んだあとその骸を野辺に捨て置くようにと指示し、その骸が消えてなくなるまでを9枚の絵に描かせたのである。「九相図」というその絵には生前その美を称賛された肉体が朽ちていく様と最後は骨すらなくなっていく壮絶な変化を見ることができる。私は帰り道でその骸が置かれた、帷子ノ辻をバスで通り過ぎた際、檀林皇后の骸が置かれたのがこのあたりなのか、と何とも言えない感慨を以てバスの中から眺めた。
 
その次に訪れた祇王寺で寺内の美しさ以上に印象的だったのはその寺の由来である。平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王だったが後に現れた仏御前に清盛の心が移り、祇王と妹の祇女及び母の三人は清盛邸を追われ嵯峨野の往生院の庵で暮らすことになる。そんなある日、自分もいずれ同じ道をたどるに違いないと思った仏御前が訪ねてくる。その話を聞いて旧怨を捨てた三人に仏御前を加えた四人はそこで念仏三昧の生涯を共にすることになる。その寺の名前も平清盛に愛された祇王にちなんでいるが京都にはこのような悲しい女に由来する寺が多い気がしないではない。それゆえか、祇王寺は殊のほか美しい。
 
最後に最も期待したが最も幻滅したのが化野念仏寺である。ここに何を期待したのかというと京都の寺の原風景ともいうべきその佇まいであった。京都ブームの火付け役は私が記憶している限りでは廃刊になったセゾン・ド・ノンノなのではないかと思っている。半世紀くらい前、若い女性に旅をする楽しさを教えたライフスタイル雑誌である。通常のノンノはアンアンと同じ週刊誌?か月刊誌だったがセゾン・ド・ノンノはその名の通り季刊誌で旅行の特集号のようであった。若い女性の旅先として魅力的な京都、倉敷、軽井沢などのお洒落なスポットがうまく紹介されているのである。その中での化野念仏寺はいわゆる京都の原風景があるというようなふれこみで名も知れない人々を刻んだ石仏が集められて、お盆の時など村人が石仏に蝋燭を上げて供養する。漆黒の闇に点々と光っている美しさは何か心を打つものがあった。というような場所である。ところが行ってみると入場券は食券を買うような券売機で買い、入ると石仏は普通墓地の間の区画整理された一角に並べて置いてあるのだ。 
これは違うな??という思いでそそくさと墓地を出たが何とも狐につままれたような体験であった。あの念仏寺はどこにいったのか?「化野霊園」と名前を変えた方がよい気がしないではない一種の暴挙を感じたくらいである。                          
泉利治
2020年12月14日

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