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Column

世界危機

 今日(2020年10月10日)現在、世界は確かに大変な問題を抱えている。一つはコロナパンデミック。そしてもう一つはアメリカ大統領選挙である。どちらも想像だにしない危機である。前者は少なくとも一年以内に解決する見通しがたつ気がするが後者は事と次第によってはあと4年間は解決しないかもしれない。
 このトランプ大統領という存在はその影響力からヒットラー総統に匹敵する存在といえないことはない。この二人に共通している最大の問題は一国の統治者として国民の総意として法的に正式な手続きを経て選ばれたということにある。確かにヒットラーもトランプもそれぞれの国の国民の全員が支持して選ばれたわけではない。まして、トランプの場合、国民の過半数はクリントン候補の方が多かったがアメリカの選挙ルールに則るとトランプということになったのである。そう考えるとそのルール自体は納得されたものなので仕方がない結果であった。したがってトランプ大統領は別に不正をして大統領になったわけではなく、だれもが文句を言えない。また、それなら以前のニクソン大統領のようにその活動の悪事を暴いて辞意に追い込むか弾劾裁判を開いて強制的にやめさせればいいではないかと思っても、それもできないらしい。それほどの悪事は働いていないらしいからだ?
 トランプ大統領という存在はいわゆる微妙に悪なのであろう。ヒットラーのようにユダヤ人を根絶やしにするというような理不尽なことはやっていないからだ。たとえば私が考えてもトランプ大統領の中国政策は支持しており、あの中国が現在のアメリカのような存在になったとしたら、今以上の脅威になりそうだと思っているからである。あの香港のようなことが次々と起きるに違いない。ただ、トランプ大統領そんな国家的目的はなく、アメリカが以前のような金持ちの国になればいいと思っているだけだ。それ自体はアメリカ人は大歓迎であるし、アメリカへの輸出が増えれば他国も潤うからである。その目的自体は他の国の良きサンプルになるだろう。
 ただ、この人物のリスクは戦争を引き起こすことではあるが、戦争は金がかかるという点において特別なことが起きない限りこの人物が戦争を引き起こすリスクは少ない。そう考えるとヒットラー総統に比べると安全弁が働いている。思想的なことが何もないからである。豊かになりたいという万人の共通の願いだからである。そこにトランプの存在意義がある。そしてアドバンテージがある。

 ここ何週間かどういうわけかヒットラー関連のドキュメンタリーを見る機会が多い。多分、家人が採ってくれている世界のドキュメンタリー番組やアマゾンプライムの映画でヒットラー関連の映画を観る機会が多いからそう感じるのだろう。
 たとえば先日「戦場のピアニスト」という映画を観た。これは実話を映画化したもので、主人公のピアニストが書いた実話をもとに映画化したものであるが、このユダヤ人ピアニストの遭遇した体験を知る限り、人間はここまで理不尽に残酷になれるのだと思ってしまう。ヨーロッパの著名な都市に出かけると今でもゲットー地区というのが歴史的保存地区のような形で残っている。それがどのようにして成立していったのかということなどこれまで考えもしなかった。それはこんな風に始まる。突然、ユダヤ人家族の家にナチスから手紙が来て何月何日までにゲットー地区の移り住むことという命令書が届く。ゲットー地区と指定された地区はナチスが例のベルリンの壁のような強固な壁で囲まれている地域である。たとえばポーランドはナチスの支配下になったがこの国ではポーランド人もポーランドに住むユダヤ人も共に支配されるが、まだポーランド人の方がユダヤ人より自由度が高く、自分の家に住んでいられるようであった。一方、ユダヤ人は着の身着のままで自分の家を出なければならない、それをわが身に置き換えるとどうだろうこの一軒家にある荷物の99%は置いていかざるをえない。そして彼ら家族はそれだけの持ってきた荷物だけでゲットー内の誰かの家で生活をするのである。そして何か月かすると違うところに移動させられる・・・今度はアウシュビッツである。
 また、先日BBC?が制作したと思われる?ヘレン・ミレンが進行役をするアンネ・フランクの死までのドキュメンタリー番組を見た。かれらはゲットー地区に移されるのを予期して早めに隠家に籠る選択をする。ナチに見つかるまでの2年間であの有名な「アンネの日記」が書かれるのだが、その隠家でさえアンネ一家の他に他人であるユダヤ人も一緒に住んだ。アンネの部屋は中年の気むずかしい男とシェアしていたようである。
 この隠家、私は20年以上も前にオランダに行った際に訪ねたが日本人から見るとそんなにひどいところではなかった気がしたのが日本人の悲しいところで、日本の住環境の悪さをあらためて感じたものであった。確かにうさぎ小屋とか揶揄されたからな?
 
それらのユダヤ人を直接、虐げたのは一般のドイツ人兵士で別にヒットラーではないことが恐ろしいことなのである。しかし、そのユダヤ人ピアニストは教養のあるドイツ人将校に見つかり、ピアニストであることを教えると何か弾くように命じられる。かれは母国であるポーランド人作曲家ショパンのノクターンを弾く。ドイツ人将校はその腕前に感銘し、ピアニストに衣服や食料を与え、生き抜くように命じる。ドイツ人将校はソビエト軍の侵攻から逃げていかざるをえなかったのである。
戦争が終わりピアニストはそのドイツ人将校を探したが見つからなかった。ドイツ人将校はソビエトのドイツ人捕虜収容所で亡くなったからである。芸は身を扶けるか?妙な感想を持ったのは俗人である日本人ならではだ。
この映画の中でわたしが一番印象に残ったのはピアニストを助けたポーランド人女性チェリストの弾いたバッハのプレリュードであった。私も同じ曲を弾くが私のそれはかなり騒々しいなと思った、この曲は本来このようにしっとりと弾くものなのだろう・・・
                                  泉 利治
2020年10月26日

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