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Column

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 昨日、二人の医師が嘱託殺人で逮捕された。私はそのニュースをやり切れない気持ちで聞いた。家人があの人はどうなっているでしょうねと聞いた。私は“うん・・・・”と言ったきり応えようがなかった。
 私の友人、といったらよいのか?かつてのクライアントからもう20年近く前に手紙が届いた。自身がALSという不治の病に罹り、治る見込みがなく、年賀状等の返事をかけなくなるのでいわゆる社会活動から退くことになったので、この手紙を最後にしたいということであった。当時、ALSという病名が今以上に知られておらず、その病気の悲惨さの実感がまったく掴めなかった。勿論、その頃はネット社会ではなかったので特別な専門書でしかそれを知ることができなかった。
 
ある時、私はクライアント主催の会食に招待された。その会食は今から考えると不思議な会食であった。というのは取り立てて私だけが招待されたものではなく、その友人の知り合いの会社関係の人が同席していた。その中で友人が私は何か分からない病気にかかった話をした。
 自分の病状を医師に伝え、詳しく精密検査をしてもらったのだが医師がその結果について納得のいく説明をしてくれないのだとみんなの前で言った。
“自分は科学者の端くれとして、どんな結果であろうとも冷静に聞くだけの心構えはできていると、医者に行ったが解からない?の一点張りだった”と話してくれた。今考えるとその集まりは彼のお別れ会であった。今気づいた・・・
 たしかに彼は科学者である、文部科学省から「科学技術功労者」もらった博士でもあるのだ。今考えるとその当時ALSという呼び名はなく、あの長ったらしい病名しかなかったし、それがどのような病気なのかマスコミが取り上げる時代ではなかったので、何かの病気で自分は社会からフェードアウトします。という手紙を最後に読んだ記憶しかない。
 私は何ともいたたまれない気持ちで今でこそ知られようになったプリザーブドフラワーを六本木ヒルズの店で購入して彼に送った。何日かして奥様から御礼の手紙が届いたがそれが最後になった。いわゆる、治る見込みのない奇病がどの程度のものかが分からないまま友人は去っていったのである。
 
この人をなぜ友人と呼ぶのかは何とも彼と私は同じ年齢で奥様も娘さんも、それぞれ同じ年齢であり、古美術収集が趣味の上、バセロンエコンスタンチンの腕時計をしているなど趣味が全く同じなので何かと話があった、よく、食事や飲み会に誘われて仕事以外の話に花が咲いたからであった。
この人物は大変の人でこの日本にいや世界にトマトの価値を特別なものにした人はかれの功績である。その彼に言わせればそれを社会に浸透させてくれたのが私なのだという特別の評価をしてくれていたのであった。
 私はかれの会社の商品をブランド戦略の手法で世の中に広めてくれたと思っており、過分にも最大の評価をしてくれたのである。彼にとっては自分の言いたかったことをカッコよくコミュニケーションしてくれたということなのだろう。
 彼をものがたる一番面白い話はある会議か?シンポジュウムか何かに招待された時、彼のポジションがサブ的な立場であったらしく、それが気に入らないとして
“私がこんな立場にいるのは私が東大ではなく地方の大学だからだろう・・!会議体の主催者に噛みついた。そして、そのような旧弊な価値観でこの会議体を進めるのか?“と文句を言ったそうであるがそれを聞いた東大出の前列にいた人が申し訳なさそうにそんなことはないですよ・・と会議体の主催者でないのに友人に平謝りをしたという話を面白おかしくしてくれた豪傑なのであった。
そうゆうかれの話が私は大好きで、“まったく!”と思いながら心の中では喝采を送っていたのである。
 友人はまだ健在と信じているが、ともかく好奇心旺盛な人なのでいろいろ頭を働かしているのではないと思っている。あの病気は知的能力が全く衰えないからである。ただ、今回の件でその辛さがいかばかりのものなのかは分からない。
 
最後に私がこんな手紙を書いたことに私への感謝の念を人づてに聞いたのを思い出す。
私は方位学で自分にとっていい気のある方角に身を置くことで良い運気を得るというもの試してみてはどうか?と手紙を書いた。というのは自宅周辺に散歩に出るのが日課になったという話を聞いて「それなら、いい方位取り」をするべきだということでその方法を仔細に手紙に書いて伝えたのである。私と同じ九紫火星であるので簡単である。
 あとで人づてに会社の部下が訊ねた時に“お前たちもこのようなありがたい話でも持ってこい”と言われたそうである。たしかにどうせ散歩をするなら日々自分にとって良い方角というのがあるのでそれを活用しよう、ということなのだ。彼のことだからこのようなヒントから自分なりの研究で深めて実践するに違いないからでもある。
  
 嘱託殺人を依頼したALS患者に対して何ともわからない、いたたまれない気持ちを持っている。その人にとって一番幸せなことが一番いいと思うからである。
                                    泉 利治
2020年8月17日

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