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Column

サンセバスチャン

 ヨーロッパを知りつくしているとは言わないまでも、まあ詳しい方と言えるのだが、サンセバスチャンと言う街の名前は聞いたことがなかった。
 英語の勉強のために私はアサヒウィークリーという新聞をもう20年近く読んでいる。一向に英語の方は上達しないが英語アレルギーはいくらか除去されたようではあるし、この新聞の余禄は英語以上に海外についての興味深い情報を得られるということがかなり大きい。その中でいつも必ず目を通すコーナーがTravelというページである。
 San Sebastian,Spain という初めて聞いた街の名前を目にした時、一瞬??どこかで聞いたなと思った。そして、この新聞の日付を見て合点がいった。Sunday,July19,2020 なのだ。このコラムで去年の今頃、何回か登場した戦友、故古澤浩一氏が最後に訪れた街であったからだ。
 “この街はヨーロッパでは珍しいサーフィンの聖地なんですよ“
とある日、私に教えてくれた。かれが何日か旅行に出た後に帰ってきてそう言った。話を聞くと凄い旅行をしたらしい。スペインの田舎町なので友人の家は飛行場から20Km位らしくあるため、レンタカーを空港で借りでこの街に入るべしと教えられたかで真夜中に着いた飛行場でレンタカーを借りて20Km近く走って友人の家にたどり着いたらしい。
“いやよく行ったね。夜道を左ハンドルのレンタカーで?それにしてもヨーロッパにサーフィンがやれる海があるなんてね”
“サーファーの友人が住んでいて、波がものすごくいいので是非来るようにということになってね”
 それにしても無茶な旅行だなと思ったがそこは本物のサーファーのガッツに驚くとともに呆れてしまった。そんな話をした年末、忘年会を二人でやりませんかということで青山の高級住宅街の一角にあるレストランで静かな年末の忘年会ということになった。
“ここはオーナーがバスク地方に行ってバスク料理を勉強してきたのですよ・・・”
そこで出た話がそんなことであった。今回、サンセバスチャンの新聞記事を読むとここがバスク地方であることを読んであらためて合点が入った次第であった。

 そこからもう一つの展開がある。かれの死の一年近く前、彼が経営するデザイン事務所の恒例の海外旅行の行き先がサンセバスチャンなのであった。本質的に社員思いの彼はデザイナーは見聞を広める必要があるという経営者としての彼の哲学から、年に一度、社員を海外旅行に連れていくことを常としていた。
私はその話を聞いた時、同じような会社を経営していたが、自分にはそのような発想が全く欠如していたことに気づいて、内心恥ずかしさと後悔が今でも残っている。というのは最初のころは社員を全員、海外研修に連れて行ってあげられるくらいの業績は上げていたからである。かれの会社で働いている社員は幸せだなと思ったものだった。
 
しかし、最後に行った彼の会社のサンセバスチャン研修はかれの命を縮めたことは間違いないと今でも思っている。
 それは一週間くらいの海外研修であったようだ。なぜそこに行ったのかと言うと街全体に現代彫刻が溢れ、デザイナーにとって刺激がある街なのでデザイナーの勉強のために良い場所だと思ったようであった。しかしその研修の詳細を聞いて驚いたのだがその街をかつて訪れたことがある彼がマイクロバスを借りて滞在中の運転手兼ガイドをかってでたらしい。というのは一度くらい行ったくらいの海外の街を乗用車ではなくマイクロバスで案内をするなんて肉体的にも精神的にも過酷極まりないものである、その前に日本からサンセバスチャンまで何時間かかると思う?ローカルなその空港に着くには少なくとも20時間くらいかかるだろう。私はお土産をもらった時の土産話を聞いて、驚きよりも背筋が寒くなるのを感じたくらいであった。それから一年かそこらで彼は亡くなった。
 
“そう言う人だったのですね彼は人を喜ばすことが好きで、常にポジティブなのですよ“
私の独り言である。ただ誰もがそう言うに違いない。かれの葬儀であれだけ多くに人が来て、嗚咽する人の数に驚いたがその理由の一つにこのような彼の行動があったのでしょうね。としか言いようがない。
それにしても彼の命日の翌週にサンセバスチャンの旅行記が掲載されたのも彼からの言伝のような気がしないではない。
 
“ところで泉さん海外で最初に運転した時どうでしたか、信号がないロータリー形式の交差点は面食らいませんでしたか?”
“実は正直コワかったよ、ただ、左ハンドルは問題ないが、カーナビの英語も面倒だし、8レーンもある高速を走るなど信じられないよ。たしかにハワイでも日本で運転する人がタクシーで空港から高速道路に入ってホテルに着くまでを体験すると多くの日本人はここでの運転は無理だと思ってしまうようだ。そいうことで僕は事前に行くところを決めて、日本にいる間にストリートヴューでシュミレーションしていくんだよ。そうすると不思議なもので交差点などを記憶しているので迷わない・・・”
“そりゃ、いいこと聞いたな、今度からそうしよう!”
・・・かれはかの地でドライブしていることだろう、サンセバスチャンや他のサーフィンの聖地を

                                  泉 利治
2020年8月10日

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