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Column

今のホンダは少しさえないですね?

 私はBMWに乗ってはいるが、実際はホンダのファンである。たしかにかつてホンダの社員であるということもあるが、ホンダの内規で「従業員がホンダ以外の自動車を選択する場合はその自動車がホンダ車にはない優れたところがある場合にのみに限る」という項目に則っているので現在のBMW330Xiを乗っているのである。
 元来、自動車会社の社員の一員として出発した関係もあるのか今でも自動車業界の動向は気になってしょうがない。本日も“テスラがトヨタを時価総額で抜いた”というような記事に対してはこんな阿保みたいな記事の馬鹿さ加減を見抜く力はまだ持っていると言える。と、その下にCR-Vとハリアーの比較記事が載っており、それは興味深く読んだのだが、この記事に書かれたホンダの現実こそ現在のホンダがホンダらしくなくなった病巣を言い当てているような気がしたものである。
 つまり内容を一言で言うとCR-Vはハリアーに比べ魅力度に欠けるということであり、その魅力をつくれない結論として今のホンダは「軽自動車とコンパクトカーのメーカー」なので、いわゆる嗜好性の強い、高級SUVなどは造れないということなのだ。

 ああっ!言い当てているよな。と思った。創立以来初めて営業出身の社長が就任したというのも間接的には影響しているに違いないが、ともかく、あまり考えないで車をつくっているとしか言えないのである。たとえばこんなことだ、今のホンダは実用性が高ければければそれでいいということしかないのだ。たとえば、軽自動車ならば室内が広ければそれでいい!そして、高級車に関しては“高級そうに見えればそれでいい!”要するに高級車を求める顧客の思いなどは全く無視している。
 私がホンダにいた頃は所詮ホンダの車は埼玉で作った車だからな!・・・ということでやっとの思いで青山に本社を持ってきたのだ。社内では“本当は池袋がいいところだよ!”
というような事をささやかれていたのがホンダの現実であった。しかし、それでも青山にこだわったところがホンダらしかった。そういう背伸びをするところがホンダなのだ。

 ホンダの自動車はまずデザインが良かった。最初につくったに自動車のS600にしてもN360にしてもデザインが素晴らしかったし、シビック、アコードと続く四輪はホンダのデザインが当時の世界のどのメーカーに比べても引けを取らないものであった。
 私がここでデザインと言っている概念は厳密にいうとスタイリングと言い換えた方がよいかもしれない。私はCVCCアコードを乗っていたので思うのだが40年も前のアコードではあるが現在のアコードよりスタイリングは数段よいと思う。何が良いかというとスタイリングの骨格が良いのである。
 骨格とはいわゆる女性で言うならば素がキレイということである。顔と全身のバランス、化粧をしなくとも、綺麗であるというような事である。お分かりの事と思うが私が例に挙げたS600,S800,N360,最初のアコード、シビックにはたとえば、余計な金属モールがなくとも美しかった。
 それに比べると今回はだいぶ修正されたがFITを想い起してほしい、醜悪な厚化粧でごまかしたフロント、横から見ると、これまた醜悪なキャラクターライン、室内の広さを確保するだけでデザインされた全体のバランス。その傾向はアコードなどの違う分野の自動車やCRVなどにも悪影響を与えている。
 これは多分、デザイン力が落ちているのかもしれないがディレクション力や意思決定システムなどにも問題があるのかもしれないが、文化としてデザインやスタイリングに対するプライオリティーが今のホンダではかなり低いとしか思われない。私は今のホンダのデザイン力は日本のメーカーで一番低いのではないかと思っている。
 私がホンダにいた頃のホンダのデザイン力は多分、本田宗一郎が生きており、彼の目が厳しかったので愚作はほとんどないと言っていい。その上、世の中にないデザインの自動車を最初に手掛けた、ホンダのVAMOSから、今回、製造中止になるらしい軽トラックの
T360までそのデザインは魅力的で、とくにホンダZの初期型などはイタリアのデザイナーでもこれを超えるものは造れないのではないかと思うくらい見事なデザインであった(今フィアット500がヒットしているが個人的にはホンダZをもう一度売り出してほしい)
 まあ、Nシリーズが売れているということで嬉々としているようだが、あのシリーズはホンダをだめにしている諸悪の根源であると思っている。つまり、デザイナーや企業に考えることをしなくともよいということを教えた、自動車だからである。それは室内が広ければ売れる。品ぞろえヴァリエーションを持ては売れるという理由から、会社から1デザイナーまで考えることをヤマメてしまった感があるからである。
 
 たしかにホンダは生まれた時から根本的な矛盾を抱えたメーカーであった。最も大衆的な原動機付自転車と最も嗜好性の強いスポーツカーの両方を販売する会社として生まれ、育ったのである。この二つの価値を一つの会社が併せ持つことは困難である。よほど会社組織がしたたかでないとそれは無理であろう。世界でそのあたりを上手くやっているのはトヨタとVWであろう、1つの文化でそれを成し遂げているところが凄い。
 ホンダには上記の二社とは違い、もう二つの文化をもっている、2輪と汎用である。
本田宗一郎がいた頃はそのあたりは本田宗一郎の存在力で一貫したホンダイズムがあったが今はバラバラでホンダのデザインやいわゆるアイデンティをまとめるものがない。
 結論は今のホンダはあまりにマーケットインの会社になり過ぎている、ホンダの真骨頂はプロダクトアウトにあるのである。それも人々の潜在化したニーズを救い上げるプロダクトアウトこそがホンダを真のホンダにしたのである。
                                   泉利治
2020年7月20日

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