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Column

モノコックボディの設計

 スマホを見ていると想定外のものを目にすることで、それに関連するこれまでの出来事を思い返すことが時々ある。そして、何かの拍子にモノコックという言葉にぶつかり、もうかれこれ工業デザイナーとして初めてモノコックボディを設計しろと言われた時のことを思い出した次第だ。
 モノコックボディとはボディそのものに剛性を持たし、フレーム、いわば骨組みを持たせない構造のことをいう。人間の体は基本的に骨組がありその周りを筋肉や皮膚でおおわれた設計になっているのでモノコックボディではなさそうだ。ところがこの設計でものをつくると骨が重いので全体的に重量が増すことになり、たとえば航空機など重量の軽減が航空機自体のパフォーマンスに大きな影響を与えるような乗り物には向かない設計法ということになる。
 ただ、フレーム構造の良いところは強度計算が簡単なので算数で可能になるが、モノコックボディになるとその強度計算が紙と鉛筆と計算尺では手に負えないものになってしまう。したがって、近年のようにコンピューターが複雑な計算ができるようになった時代ならまだしも、以前は造っては実験して持たないことが分かると少し鉄板の厚さを上げるか、リブ(凹み)を入れて強度を高めるような手を打って、また、実車テストということになる。ちなみにホンダのスーパーカブは初のモノコックボディのオートバイである。
 私はデザイナーだったのでボディを設計する人間なのだが、当時の会社はホンダのグループの中で鈴鹿サーキットや多摩テックなどの遊戯車両や本田技研工業から依頼される、様々な車両のプロトタイプを設計、製作する会社だったので、ほとんどの仕事は前例のないものばかりを設計、製作していた。その点、信じられないくらい面白い仕事ばかりであった、想像がつくと思う。したがって、ホンダという会社自体が世の中にないものをつくり出すことで先行者利益を生み出し、それで会社を成長させたヴェンチャー企業の先駆けのような会社なのだが、私が在籍したホンダランドテックプロダクションというところは名実ともにヴェンチャー部門であった。この会社の唯一の売り文句は「資本金20億円」というキャッチフレーズだったがなんのことはない鈴鹿サーキットという膨大な不動産を持っていたからであったが、あの時代の会社の信頼の証の一つは大きな資本金であったのだろう。
 そんな中で私は軽量ボディの電動スクーターのプロトタイプのデザインを担当することになった。今考えると時代を50年先取りしていたように思う。さすがホンダ!この会社、は思いついたことはすぐに造ってみないと気がすまない会社なので突然、そんなプロジェクトが飛び込んできた。それ以上に凄いのはその開発期間の短さでたとえば、3カ月でプロトタイプをつくってほしいなどということがミッションだった。
 多分これが本田宗一郎のつくったホンダという会社の時間のスケールだったのだろう。そしてそれをこなしたのはみんな若かったからなのだろう。納品の日にちが決まり、エンジンが決まり、それが決まると設計に入ることになる。デザイナーは1週間で3案以上のデザイン画を描き、エンジニアはそのエンジンを載せるフレームを考える。その間、デザイナーとエンジニアはそれこそ隣同士で設計するような頻度でお互いの図面やスケッチを参考に仕事を進めることになる。ところが設計をしていくうちに車重が重くなり、どうしてもボディの剛性で持たせなければならいなことになった。
 鈴鹿サーキットなどに納める車両は基本的にFRPで作ったが量産の電動スクーターはそうはいかないからでもあった。突然、モノコックボディ設計で極力軽量化をめざすことになった。それを3か月で!となるとトンデモナイ仕事に変わってしまう。
 正直これにはまいってしまった。どうすればよいのかは原理的にはわかっていたが、そうすることによってどのくらいの負荷に耐えられるかはさっぱり分からない。そこで理論的に一番わかる技術主任に相談したが、やはり計算はできないことが分かった。どのように計算する計算式が分かったとしても当時はそれを行うには日数的にもできなかった。
 しかし、よく考えるとプロトタイプなので負荷がかかり過ぎてフレームが曲がってしまったら、その部分の強度を上げればよいからである。となるとその先にあるのはいかに美しく見えるリブをデザインするかになる。そう決めると後はこちらのものである。
 負荷のかかりそうなところを見当つけてリブを付けた。その中で一番難しかったのは前輪を支えるシャフトのデザインであった。その電動スクーターはサスペンションやショックアブソーバーが付いていなかったのでタイヤの弾力性だけが頼りになる。
 ともかく、図面を仕上げ出図した。佐々木技術課長の検図もOKになり後は制作にかかることになる予定であった。私としては初めてのモノコックボディのデザインなので期待をしていたが、そのプロジェクトは何らかの理由で中止になってしまった。よくあることなのだが現物だけは造りたかったというのが本音であった。
 もし進んでいたらどのようになるかというとそれを鉄板で手作りでつくるのであるが、そんな三次元の造形物を薄い鉄板で曲げ、溶接して、三次元の局面をいとも簡単につくり上げる職人がホンダの関連企業にはいたのである。イタリアのカロッツェリアのような職人集団だ。八千代工業というこの会社は最近、駅伝などで時々名前を聞くようになったが、仕事が早く、美しく仕上げた。今回の電動スクーターのプロトタイプなら一週間くらいで仕上げてくるのである。一日おきに寸検に行くとその作業の進み具合の早さに驚いてしまう。その背景には図面を読む力が高いのだろうと思う。こちらからはボディ図面とレンダリング(完成予想スケッチ)だけを渡すのだが、それらからデザイナーが考えたイメージを100%キャッチして、形にくれるのである。
 工場の片隅に設けられたこのプロジェクト工房に三次元局面の所はサンダーの磨いた後が光った鉄板ボディが待っていたものである。
                                   泉利治
2020年5月29日

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