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Column

 蛇

 そろそろ出てくるころだな、と思って10日くらい前から家の周りに気を付けていた。やっと今日3月28日に我が家の石垣の蔦の絡まったあたりで蜷局(とぐろ)を巻いていた。スマホを近づけて写そうとすると眠そうな目を向けたがまたそっぽを向いてしまった。いつも見る顔だから安心しているのだろうが、こいつヘビラちゃんというのだが、もう何年居ついているのか、結構大きな青大将で脱皮した抜け殻を測ると2メートル近くあったのでかなりの大物である。ともかく、ヘビラちゃんは少なくとも20年近く我が家にいるが、もう一匹これより小さい奴がいる。しかし、こいつはあまり見かけないので定住していないのかもしれない。これも青大将である。この蛇がいると金運が良くなるとの話なので何となく崇めている。それ自体何の根拠もない。
 ただ、いつも思うのだが蛇を突然見るとギクッとするがその後いつも思うのが、これは人間に残っている、何百万年前からの植え付けられた自衛的本能なのだろうと思う。
 それから一か月くらいして、ヘビラちゃんは見かけなくなった。多分、わが家の前の階段を横切って山に入ったのだろう。そこで獲物を見つけてひと夏過ごすのだろう、そうこうしているうちに多分、夏の真っ盛り、お盆の頃、わが家で見かける。何となく実家に帰る感じで戻ってくるのである。よく門辺りで見かけるからだ。
 べつに怖いことはないのだが、やはり原始時代から残ったDNAのお陰でドキッとする。そこから、また2,3か月、山に戻っていくようである。そうして、秋に入ると我が家で脱皮をする。その抜け殻を我が家の庭でよく見かけるからだ。多分それを終えると我が家のどこかで冬眠をするようである。春まで。
 そのサイクルを考えると春分の日を過ぎた頃、わが家の石垣で数日過ごすのは、どうも冬眠からの眠気を覚ますランニング期間のようであることが何となくわかってきた。というのは我が家の石垣は日の光を浴びて暖かい時間が長いからである。ほぼ一日その石垣の蔦が絡まったあたりで蜷局を巻いているのである。その期間はだいたい1週間である。その後は一切見かけない。

 以上を書いた次の日の朝、とんでもない蛇を我が家の玄関脇の石垣で見つける。約50センチ、その模様は上記のものとは明らかに違う。不気味なまだら模様。直感的にそれはヤマカガシに違いないと思った。この蛇は毒蛇である。長箒で石垣から地面に落とし、階段下に落とそうとしたが抵抗して、箒で掃ききれない。裏返しになり抵抗するが、その裏返しの模様も表以上に不気味な模様である。階段をのたうち回りながら下まで降りしたが、、今度は道を横断させるのに一苦労。その間のパワフルな動きを見るとこれはヤマカガシではなくマムシなのではないかと思うようになった。というのはヤマカガシというのはもっとカラフルな感じがしたが、この蛇はそうでもない全身不気味な無彩色なのである。
 この経緯を遠くから見ていた人が蛇であることが分かり、近寄ってきたがこれは毒蛇ですよ!言ったので、少しあとずさりした。ただ、私はその蛇を殺そうとはしなかった。たしかに蛇は気持ちのいいものではないが、好きでその形に生まれてきたわけではないし、
せっかく金運をもたらすためにやって来たからだ?本当かなと思いつつ、例の青大将はもう20年近くいるが貧乏神がやってくるのを防いでくれているようである。そんな中でコロナショックは青大将だけでは防ぎきれないと思ったのか、どこかに存在する蛇神さまが極めつけの援軍を送ったと考えれば納得がいく。
 それにしても蝮だとしたら、穏やかな話ではない。そこで蝮の生態についてネット調べると蝮は湿った、水のある所を好むということであった。その蝮がいた目と鼻の先につくばいがあり、そこは一日中、筧から水か滴り落ちており、そのまわりは卵大の石が廻らされているじめじめとした場所で、薄暗いところなのである。そのうえ、その卵大の石は何となく蝮の模様と色も形もよく似ており、保護色になるようなのである。

 多分、都会に住んでいる人は蛇、まして蝮など知っていても、何年も口にする言葉ではないと思うが、それはこちらも同じなのである。しかし、偶然、ここ一月ぐらい蝮に注意しなければならないと思ったことが何回かあった。
 拙宅の先に鎌倉中央公園があるがここは引っ越してきたころは公園ではなくただの里山というような場所であった。特に奥の方は湿地で全体に奥の方が高く、手前、拙宅の方に向かって低くなっており、雨などが降るとその湿地の水が大きな流れとなって、家の前の暗渠を流れていく。その湿地にはセリが群生し、今年はそのセリの料理が何回か食卓をにぎわしたが、特にGWの頃に採れるセリは茎も柔らかく、葉も見事でてんぷらにするとまさに絶品で家人も面倒なてんぷらを喜んで作ってくれたものである。
 ただ、そのセリのある場所が何とも蝮の出そうなところなのである。そして二回目からは長靴を履いて、手袋をしてステッキで採取するセリのあたりを叩いてからセリを取ったのである。明らかにセリを根元から取る際に手を伸ばすとその位置は蝮の毒牙に位置するからである。
 
そんなことからこの一月ぐらい蝮に最も近い一月であったことは確かなのである。それにしてもこの辺り、夕方になるとミミズクが鳴き、自動車のエンジン音より、様々な鳥の声の方が多いところなのであるので仕方がないかと思う。
 そんなところなのでコロナ自粛での公園の盛況ぶりは想像がつくと思う。ひと家族が一日を過ごすことができる。一応、駐車場や東屋、屋内の休憩所は閉まってはいるが、他は普段通りなので子どもたちにはこれ以上のところはないだろう。小川もあり、古典的な子供の楽園であり、TDLの対極のような場所であり、金額的な意味でも対極・・・?
                                 泉利治
2020年6月1日

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