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Column

前代未聞

 このタイトルのごとき時代中の昨今である。我が国は現在。緊急事態宣言が出ている。この言葉より何となく戒厳令の方が文学的な気がするが?いずれにしてもそんな状況なのである。書いている本日は2020年4月21日午前3時。外出自粛令が出ているので国民は、いや全世界の人類がほぼそれに従っている。
 そんな時代なのでいわゆるニュースはその関連のニュースで占められる。ここ何日は全国民一人ひとりに金10万円が支給されることが昨日の閣議決定で決まった。そのような状況で人々は家にこもりテレビで流れるニュースにしがみついていると思う。今回の論考はそんな中でも平時と変わらない生活を送ることができる今、現在の一日を記そうと思っている。
日曜日の出来事がその夜のニュースで流された。日曜日は快晴であり、人が家などに籠れないくらいの日であった。私はその日だけは特別のこととして朝7時に起きて、海岸通りから朝の野菜市場に出かけて野菜を買い、それからBIGOTというフランスパン屋でフロマージュというパンとお気に入りのパイ地のパンを買ってきたのである。
その後、その行動が問題の行動としてテレビニュースで放映された。県外から多くの人が自動車で鎌倉にきたことで海岸通りが渋滞をしたのである。外出自粛だが自家用車ならコロナ菌をまき散らすわけではないのだからということなのであろうが?ニュースのトーンはやはり外出はまずいよと言うトーンである。それを肯定してしまうと快晴のたびに鎌倉は排気ガスでやられてしまうからだろう。もう少しの辛抱である。
現在年金生活者の私は幸か不幸かこれまでと変わらない生活を送っている。微々たる年金はそんなに活発に外出できるようなことを許してくれない。年齢もあるのだろうが生活は変わらない。それどころか忙しい毎日である。現在私の支配している仕事は5つある。
 ①散歩—1日4000歩以上がノルマなので、1時間これに費やすことになる。
 ②執筆-これには4時間くらい費やす。甘く見ていた歴史小説、全部書き上げて電子出版しようと思ったが、全て書き上げるにはあと2年くらいかかりそうだから、5部作にしようと思い直し、第一部の「地の巻」を後一月ぐらいで出そうとして現在、初稿の段階である。
 ③アート目録作成-私と家人が購入した美術品の目録の作成。結婚してから買ったものの目録であり、これはせいぜい30点?絵画、彫刻、茶道具が中心で多くは東京美術倶楽部や骨董屋と海外旅行のお土産で購入したもので、比較的安価のものばかりである。とくに普段使いの雑器なども美術倶楽部で購入したので、一般的に見ると生活雑器の域を超えているかもしれない。と言っても美術品とは呼べないだろう。目録に記載する由来を調べる面白さがある。これには1時間30分費やしている。
 ④チェロの練習―これには2時間費やしている。音大生並みのプログラムでと言ったおかげで常時4曲のメニューをこなしている。一向に上達しないがそのうちの2つのメニューがバッハの無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードとアルマンドなので念願の曲ということもありモチベーションは保たれている。というのはチェロのレッスンも国から禁止されているので休みなのである。一応、今月一杯と言われているがそれも延期になる可能性が大きい。
 ⑤夜はプライムビデオやYouTubeそして志村けん・・・これには2時間費やすかな?
トータルで10時間半である。あと、食事やら何やらを合算すると15時間くらいになるが
意外なほど読書の時間はない。今のところ執筆に関連したものしか読まないのでその4時
間の中に入っている。しかし私はそんなに本の虫ではないのだ。読むより書いている方が
好きなのである。読むのはパソコン画面のもので十分という風になってきてしまった。
 そうそう、それから来月の京都への取材旅行はどうも中止にしないといけないようであ
る。なぜならばあの祇園祭も中止になるくらいであるからだ。京都行きは今秋に変更であろう。今日にでもホテルに連絡しよう。恒例なのだが残念である。執筆とリンクしたものなので、その仕事が遅れているので今秋でも大丈夫かもしれない。しかし、これらのメニュー内容は別にして、私の年齢では特別のことではない気がするが、多分、戒厳令下での年金生活者ならほぼ皆同じなのではないか。

私は人生において戦争を体験していない最初の世代であることを考えるとこれは戦争のようなものであろう。そう考えると我が家は防空壕のようなものである。防空頭巾はかぶってはいないが?
 このような時に内省に向かった人がたくさんいたような気がしたが思い出せない。スピノザはこのような時に彼の哲学を発展させたのかもしれない。ということを思い出して感染症予防について考えた数学者がいるに違いないと思い出し。
調べると、一種の流行語になったオーバーシュートを予測する数理モデルを考えたのがベルヌーイであることを知ったが解説を少し読み込んでこれはあかんと思った。微分方程式を使うらしく、これだけは全く手に負えなかったのでその段階で読むのをやめてしまった。どうも私は死ぬまでに微積分を理解できずに終わりそうである。というのは私にはこれを理解できてこそ人間であるとう思いがあったからだ。人間の学名はホモ・サピエンス=叡智人というが、その線引きを決めるのが微積分を理解しているか否かということに違いないと確信しているからである。
微積分理解のために一日1時間費やしたらどのくらいで理解可能になるであろうか誰か教えてもらいたいものである、何となくわかることはギリシャ語でプラトンを読めるようになることよりも可能性は高い気はするが?ちなみにこの比喩は英国の作家コリン・ウィルソンの人生の目標が❶微積分を理解すること❷ギリシャ語でプラトンを読むことだった。何年か前に亡くなった彼はその二つを成しとげたであろうか興味深いことである。
                                   泉利治
2020年5月11日

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