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Column

加齢なる劇場

 昔、ルネサンス時代のフレスコ画創作プロセスを視覚化したものとして参考にするために資料として買ったVHS映画が我が家の棚にある。そのタイトルは「華麗なる激情」である。これはミケランジェロの映画で主演は歴史上の偉大な人物を演じさせる俳優としての最高峰ともいえる男優チャールトン・ヘストンが主役の映画である。
 ミケランジェロから始まり、モーゼ、ヨハネ、エルシド・・・ともかく人類の歴史上、いわゆる神の如き人間を演じさせる俳優としてこの人を凌ぐ人はこれまでところ出ていない。このような、いわゆる神々しい容貌と体躯を持っている人は滅多にいないからである。
 それと同名異語のタイトルは高齢者の挑戦物語である。現実としてのチャールトン・ヘストンは晩年アルツハイマー病になり84歳で亡くなったが、ハリウッドスターとしては珍しく学生時代に知り合った奥さんに看取られて84年の生涯を閉じたということを知るとそれ自体が皮肉という意味ではなく偉大なる生涯の物語りといえるのではないか。
 
一方、加齢なる劇場は我が高齢者の物語りである。まず、先月の2月で68歳から始めたチェロが5年目を迎えたのである。ともかく、難攻不落と言われたバッハの無伴奏チェロ組曲第一番の第一楽章プレリュードを一応、暗譜で弾きこなせるようになった。それにしてもそこまで来るにあたってはまさに加齢なる劇場そのもの、ともかく,弦楽器はむずかしいと言われているが本当にそうである。そのいちばんがちゃんとした音を出すのがむずかしい。これは手の問題とは違う正確な音を聞き分ける脳の問題なのである。それはちょっとした押さえ所の一ミリ単位のもので決まるのである。その音は一楽章にいくつあるのだろうか?チェロの場合、すべて正しい音程の音を出すだけでもすごいことなのである。
楽器の練習とは毎日規則正しく練習することが基本である。私は毎日4時から5時30分まで1時間30分、練習をする。これは昔、フルートをやっていたおかげである、当時は毎日5時間練習していたので、1時間30分などは何ともないのが正直なところである。
ただ、昔それだけ練習してもバッハの曲を暗譜することは叶わなかった。それは別の才能であるようだ。そして、リタイヤした後に再度フルートに挑戦した。ハンミッヒのフルートまで買ってバッハの無伴奏フルートソナタに挑戦したがどうにも吹くことができなかった。楽器の才能の一つに暗譜で何曲弾けるのがある気がしている。昔、ヨーロッパに一か月のツアー旅行に行った際、一行の中に音楽大学を出てピアノを教えている先生がいた。
ヨーロッパのホテルにはロビーにピアノがあるところが多い。そのピアノの先生はみんなから何かを弾いてほしいと言われ仕方なく有名なショパンの幻想即興曲の触りだけを弾いた。弾き終わって“楽譜があれば何でも弾けますが”と言ったが、その時、やはり暗譜するのは難しいのだと思った。もしかするとそれはソリストに求められた宿命なのだろうか?一般的にバイオリニストが協奏曲を弾く際に楽譜を見ながら弾いている風景にお目にかかったことはない。ピアノもそうだ。ただ、暗譜で弾いたからといってその音楽の質が高くなるとは思えないが一般的にはそれも見せ場なのである。また、これはプロならではの証のような気がしたものである。ただ、それをめざしていながら弾けないということは何とも敗北感みたいなものがある。こちらは音楽性は別にして暗譜で弾くことをめざしたからだ?
たとえば盲目のバッハの鍵盤楽器奏者のヘルムート・ヴァルヒャはバッハの鍵盤楽器の全てを暗譜で弾いている。どうやって楽譜を読み取ったかというその方法がまた凄い、たとえばオルガンの場合大きいモノになると手鍵盤が5段と足鍵盤がある。それを左右の手と両足で弾くことになるのである。その彼にそれぞれ(左手、右手、両足)のパーツの音を一つ一つ教えてかれはそれを自身の頭の中で再構成したと言われている。弾く人も凄いが、教える人も凄い。
辻井君の場合はどうするのだろうか?最近は点字の楽譜もあるようなのでまた違ったアプローチなのであろう。そして、盲目の人は多分、常人とは違う耳を持っていると思われる。盲目ではないがモーツアルトはある教会で秘曲と言われた曲を一度聞いて家に帰って来て楽譜に書き写したというから天才の耳とはそのようなものなのであろう。
ともかく私のチェロ苦闘記はまさに「加齢なる劇場」であるというオチなのであるが、先のチャールトン・ヘストンの最後の映画が「My Father」という映画でこの映画に関することは私の別の「加齢なる劇場」と大いに関連するのという話を最後にしよう。

私の加齢なる劇場の一つに小説がある、この第一作が「宗達はじまる」であるが、本来この作品は私が体験した大事件「世田谷一家殺人事件」を絡めたものであった。要するに二人の主人公が宗達と世田谷一家殺人事件をそれぞれ追う展開の物語りなのある、しかし、懸賞小説の枚数制限のため世田谷一家殺人事件を削除し、それを別の小説として創作することになった。
この世田谷一家殺人事件の背景にはナチのおぞましい人体実験のエピソードが取り上げられている。その首謀者がヨーゼフ・メンゲレという実在した医師であり、博士であった。かれの所業をここで書くつもりはない(知りたい方はWiki)が、要するにこの事件の首謀者はそのメンゲレの血筋の人であったということが捜査の過程で分かってくる。私はそのメンゲレを知るためにMy Fatherという映画があることを知り、見ようとして八方手を尽くしたことがあったからである。その中の主人公であるヨーゼフ・メンゲレを演じていたのがチャールトン・ヘストンで2003年アルツハイマー病が進行している中で彼が撮った最後の作品であった。
 どのようなきっかけで神を演じる俳優が悪魔を演じることになったか定かではないが、
どこかでその映画を観たいものである。
                                    泉利治
2020年3月16日

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