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Column

パンデミック

 まさにその様相を呈してきたようだ。聞き慣れない言葉に出会うと私は手元の1955年発刊の研究社新簡約英和辞典で語源を調べることは長年の習いである。この言葉は「Gk pan―+DEMOS―people:cf―ic」と記載してある。つまり、pan+demos+icの合成語である、panは”全“や”総“を意味し、DEMOSは人々であり、―icは接尾辞で概念を名詞化する言葉なので「全ての人びとを巻き込んだ」現象というようなことになる。制作者は多分、教養あるヨーロッパの医学者であろう。そして、1955年製の辞書に載っているので少なくとも半世紀以上前にできた言葉なのであろう。
オックスフォードディクショナリーによると17世紀中頃にできたらしいので、16世紀の天然痘が猛威を振るったことを研究した結果命名されたのではないかと思う。その頃になると西洋では病を科学としてとらえる態度が確立してきたからである。
 
 聞き慣れない言葉にこんなアプローチをするのは私の場合、シャーロック・ホームズ譚を読んだ結果である。事件がないと彼はその能力を持てあまし、いわゆる他の分野にその推理能力のはけ口を求めた。その方法論の一つに語源から糸口をつかんだのである。
 西洋の古典的な人々にはWikipediaは用意されていなかったからだ?というよりモノやコトに成り立ちを調べる手っ取り早い方法論だからであろう。

 私がパンデミックという言葉と最初に接したのはかれこれ15年ほど前、厚生省からそのようなアンケート調査票が企業のトップ宛に届いたからである。その頃、私は麻布十番に事務所を持っていた。その書き出しが「パンデミックに関する調査」というようなタイトルのような気がしたが、その前置きはあまりにも黒死病や天然痘を彷彿させる、脅しの様なので、今の時代そんなことは事前に阻止できるのではないかというような感想を最後に書いた記憶がある。
 ともかくそのアンケートはいわゆる、恐怖を煽るような調査だったのでこんなことを書いたのだが、今思うと厚生省は調査だけで周到な計画立案までにはいっていなかったようだ。今回のパンデミックで気づいたのはマスコミによる悪者探し、政府批判と針小棒大の報道、同じ内容の番組展開だけで基本的に14世紀の黒死病の時とそんなに変わらない気がしたものである。その先鋒の某コメンテーターは声が大きい正義感で、俺の言うとおりになったではないかと!!といかにも俺は正しいと言わんばかりで、聞いていて不愉快になりのたとえば反体制色が強いテレビ朝日などは全く見なくなったのが今回のことで、である。マスコミにも色があるので特に朝日系は政治色が強いメディアなので「桜」に変わる格好の政府批判テーマが現れたので嬉々としている感があるのは何ともあさましい。
 それにしてもこの影響はすさまじい、一昨日、友人と会食でお気に入りのフレンチの麻布の店を予約した。そこが気にいっているのはフランスの郊外にあるような小さな店風なにつくりが好ましいからである。小さな店だが席数はそれなりにあるのでこれまではいつも満杯なので、正直少し心配であった。ただ、早めにコーナーの席を指定したのでまあ、大丈夫かなとも思ったが、行ってみて驚いたのは4つのグループしか店にはおらず、やはり、みなキャンセルしたのだなと思った。おかげでわれわれはブルターニュ産の鴨の胸肉の料理を上質なフランスワインで楽しんだ。が、その帰り道、欅坂を通って麻布十番駅に向かったのだが普段は夜の10時といえど行き交う人は多いはずなのだが人はまばらな上に車も走っていないという有様で、そこを通り抜ける風の冷たさが本当に身に染みたものである。
 その理由の一つに欅坂と外苑通りに角にある六本木ヒルズのTSUTAYA店が今改装中ということで中を見通せるガラスにシートが張り付けてあり、そこに3月9日オープンとあるので全く人っ気がない。この店は24時間オープンなのでこの辺りで働いている若者や遊びに来た人が真夜中でも店の中にたくさん確認できるが、今回ばかりは本当にパンデミックのような気がしたものである。
 この日は青山と麻布で人と会う予定だったのでマスクを持って出かけたのだが電車もかなりすいており、座って移動できたのは良かったが何か物騒な気がしたものである。マスコミもワンパターンのようにコロナウィルスの話ばかりでどこも同じ話なのがつまらない。
 私がパンデミックに注目したきっかけはマックス・ヴェイバーがスペイン風邪で死んだことであった。その時、このような病気は貧困層の人が亡くなられるという先入観があったのであのような高名(多分?裕福)な学者が亡くなるということに驚いたが、調べてみると日本でも皇族の方が亡くなっていたので、その点から言うと病気とは何とも民主的なものである。
こんなことを書いて、ふと、「ベニスに死す」の最後に主人公グスタフ・アッシェンバッハがいわゆるパンデミックの伝染病でベニスの浜辺で安楽椅子に座りながら、ダドッズオの幻影を見ながら亡くなるシーンを思い出したが、時代的に見るとあの病気はスペイン風邪なのではないかと思われる。それにしてもベニスで死ねるとは何とも幸せな人であろうか?私は常々わが遺灰の一つまみをベニスのグランカナルに投じてほしいというのが念願なのでグスタフ氏の死はまさに小説的かつ絵画的な詩なのではないかと思われる。
 最後に友人との会話はそういえばヨーロッパを駆け巡るような話であった。ストラスブルグ、ウィーン、アビニョン・・・最後にアベンヌ村に行き着いたのがお決まりのパターンであったが、なんとも戒厳令の夜のような六本木ヒルズ界隈は久しぶりなんとも詩的な夜であった。
                                   泉利治
2020年3月9日

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