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Column

足は第二の心臓

 歩くのは馬鹿にならない、と思うようになったのは今年になってからだ。スマホの歩数計というアプリを見てあらためてそう思った。きちんと毎日、4000歩以上歩こうと決めたのは11月からである。4000歩というと2.95kmと出ている。約3キロ歩くということなのだが、これまでの最高は一日23900歩、これは17.21 kmで昨年京都に旅行に行った際の記録で京都に行くと例年のことだがよく歩く。
 昔、シューズメーカーの仕事をした時、最も印象に残った言葉がこのタイトルである。この意味は足を動かすことは心臓と同じ働きをしているということなので体全体の血行をよくするという意味なのであるが、当時、その重要性が分からなかった。要するに血行が良くなることは体全体の新陳代謝が良くなり、内臓器官にとっても大変重要なことなのだということらしい。
 本当のところは「足は第二の胃袋」と言いたいところなのだ。リタイアすると確かに表に出る機会も少なくなり、表に出ないと歩数計でもせいぜい100台の数字しかカウントされない。そんなことが数か月続いて、何が変わったかというとまずお酒を受け付けなくなった。夜に少し飲んだだけでも胃腸の調子が悪くなり、眠りも浅くなり次の日の一日の質が低下するのである。そうするといろいろ差しさわりのある事になる。
 その原因を歳のせいかとも思ったがそんなことになったのはここ数カ月であった。確かに動く際は自動車か自転車なのであるが歩くということは忙しいビジネスマンにとっては効率があまり良くないという風に思っていたのが何十年の習いであった。したがって、だいたい一日中パソコンの前に陣取って資料を検索したり、モノを書いたりすることになる。
 私の運動らしい運動は毎朝の腹筋運動だけになりこれは胃腸を健全に保つと同時に体型を健全保つ特効薬でここ40年間体のサイズ関わらないので40年前のスーツもまだ、着用可能なのである。私はトラッド派なのでそれが可能なのではあるが?
 しかし、そんな私でも最近胃腸が弱くなったなと思うようになり、晩酌もできないというのは困ったものであった。私は料理に合わせてワインや日本酒を飲むタイプなので特に肉料理の際にワインが飲めないのは困ったものだし、パスタやピザなどを食べる際に白ワインを飲めないのは人生の楽しみを奪われたような思いがするものである。しかし、これも歳のせいならば仕方がないと思っていた。
 ヒトは足腰が弱って老けてくるとは聞いていたので気にはなっていたが、手を打てないでいた。が、調べてみると昨年の11月から毎日4000歩以上カウントされているので10月末くらいにそのような誓いを立てたのだろう?歩いてみて2か月で胃腸の調子が変わってきたのが実感できた。夕食後の不快な感じが無くなり、夕食時のワインや日本酒も料理に合わせていただけるようになったのである。たったこれだけで効果が出るんだ!というのが実感である。やはり歩くことが重要で自転車だけでは自ずとその効果が薄れるような気がしている。
 それはこんなところの効果もあった。歩くことによって足のトラブル、たとえば捻挫などのトラブルも少なくなったのは確かである。これは仕事をやっていた頃に気づいたことなのだが、私は朝の通勤に駅まで自転車で通っていた。北鎌倉までなので鎌倉ならではの坂が多い道なので結構の運動量であった。おかげでそれなりに足の運動はしているという自負を持っていた。ところが休日はビジネスシューズの革靴からスニーカーやサンダルで一日を過ごすのだが、そうすると時々足を挫いたり、捻挫で何日か痛い思いをするのである。
特に階段などを急いで降りる時、土日はスニーカーで、月曜日以降は革靴で挫いて痛い思いをするのである。
 多分、足が靴になじまないのだろうと思っていたが、今から考えるとやはり歩いていないことが原因なのだろうと思うようになった。歩くことを足が忘れている弊害としか思えなかった。足が靴に合わせて機能するそんな能力が失われてしまっているのではないかと今では思っている?
 まあ、いずれにしても歩くことは生きる基本であるということが分かった次第である。本来、私が鎌倉に居を求めた理由の一つが歩くに足る場所であるという理由からであったが、そんなことをすっかり忘れていた。たとえば我が家の裏は鎌倉中央公園であり、その中の散策はまさにハイキングである。本考でも書いた記憶があるが、私は風邪をひきそうになるとこの裏の公園内を30分くらい歩くようにしている。そうすると森林浴の効果で風邪の初期症状くらいには治してしまうのだ。木から発散される殺菌作用で風邪のウィルスをやっつけてしまうのだろう?記憶の限りではあるが風邪で寝込むことはなかった。
 それとカントリーライフ願望は50年くらい前から、ヘンリー・ライクロフトのような人生をおくろうとしたからである。たしかに鎌倉はそのような地なのである。やろうとすればミツバチを飼ってその活動記録を本にすることもできる?
 歩くことが知の原点であるという風に自覚していたアリストテレスを思い出そう、歩くことは脳をも活性化するのであろうか、ハウスマンという詩人はランチで少しワインを飲んだ後、散策をしたら彼方から詩想を自分に向かって押し寄せてきたという。また、ワーズワースの詩を読むとどうみても書斎の椅子に座っては書けないようなものばかりである。
かれは隣村の郵便局まで歩いて友人に出す手紙を出しに行った。今だったら、ラインやメールで数分で済む話なのだが?いずれにしても歩く効用は健康面だけではなさそうである。
                                   泉利治
2020年2月17日

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