ブランドワークス

Column

ターミネーター5

 映画の当たり外れを回避する一つの手法はブランド力を使うことであろう。ターミネーターはアーノルド・シュワルツェネッガーの代表作であるとともにスターウォーズと共に客を呼べる映画ブランドシリーズである。今回、久しぶりに映画館でそれを観た。
 最近の映画館は館というより映画部屋と言った方がいいだろう。シネマコンプレックスという形態で映画館としていくつかの映画部屋があって、入場券を見せて中に入ると番号の書いてある映画部屋に入るという形式である。したがって、それはまさに小部屋であり、昔、たとえば築地の東劇で見たようなベンハーなどを想像するとトンデモナイ映画上映スタイルである。東劇でのベンハーは千人くらい入る大劇場で映画を観るのだが、そこはミラノのスカラ座のように4階か3階までのフロアーがあり、端のほうには小部屋もあったような気がした?ともかく大衆が史上初の70ミリ映画を観る、その映画の製作費はなんと56億円!すべてがヒエーッという感じで、その映画は一つの文化現象でもあった。
 ターミネーターも”2“あたりはその感があった。あれはシリーズの最高傑作だ、あの液体人間も凄かったが、それとの対決が凄かった。ともかく、SFなのだが今の世界でカーチェースが繰り広げられる、そのスケールが凄いのは人間ではなくターミネーター同志がカーチェースを繰り広げるからだ。
 それに比べるとターミネーター5は何ともその焼き直しの感が強い。ターミネーター5のモデルも液体人間である。だから、新鮮味がない。私に言わせればこれまでのターミネーター作品のいいとこどりをつなげた作品が今回の作品なのではないかと思った。そのいいとこどりはアンケート、もしくは視聴者の脳波を記録して、最も反応の大きかったシーンを選び出しそれをつなげて映画をつくるのである。
 勿論、配役のサラ・コーナーもシュワルツェネッガー旧型ターミネーターの出演など、これまでの華も登場させたがそれでもいまいち歳をめしてパッとしない。など期待外れの感がある上に、今回はどういうわけかメキシカンの人たちが主役になっている。その理由は簡単である、アメリカの市場でメキシカンをターゲットとして観客を呼びたかったからであろう。いわゆる単純なマーケティングの手法で映画を作ったということである。
 また、このターミネーターシリーズは現在、過去、未来の話が入り組んでいるので筋のわかりにくさは当初からあったが今回のはその極みで、私などはすべて見て知っているはずなのにその展開と筋の構造(過去、現在、未来の入り組み方等)のほとんどが理解不能であった。したがって、結局のところありえないようなアクションだけの映画で正直期待外れの感が大きかった。
 つまり、ターミネーターで金儲けをしようという魂胆で映画作りを考えた連中がいわゆる作品ではなく興行というスタンスで今回の映画作りをしたのではないかと思う。往々にしてアメリカではこのようなことがよく横行する。ターミネーターシリーズも3作目までは気合が入っていたがそれ以後はいただけない、その要因について私が思うにはシュワルツェネッガーが政治の世界に入って、シリーズを何年か作れなかったことにあるのではないか。4作目はその時の作品なのだが内容は今回の5作目よりはよい気がしたが何か臍のない映画のような気がしたものである。
 このCGSFシリーズの元祖は何といってもスターウォーズだが、あのシリーズも10作近く作るとやはりマンネリ化してくるようである。そして、一部のマニアだけのものになり結局、もっとも確実な顧客としてマニアが動員できる作品になってしまう。そうするとそれ以外の人はほとんどついていけなくなる。現在という位相の中でも複雑なストーリーが、現在、過去、未来と行ったり来たりしてはトンデモナイ映画ということになってしまう。
 このようなシリーズ物で高水準で展開されたシリーズに一つとして私が上げたいのは、グラナダテレビ局が制作したシャーロック・ホームズシリーズなのではないか。連続モノではなく、一つ一つが独立したストーリーで展開される。したがって、テーマは一つであり、展開も同じなのだが面白い。これとCGSFシリーズの違いはやはり原作の質なのではないかと思う。ホームズ譚はシンプルで文字で書かれた物語だけでも面白いのである。
 方や人間の五感を総動員できる道具立てを持っているのだが、それゆえかそれに頼りすぎて肝心の面白さ、観客が面白いと理解できる本質的な物語のところが抜け落ちているのである。
私は現在、小説を執筆中であるが今の悩みはここにある。面白いと感じるものとは何なのだろうということである。たとえば小説の面白さでもそれは文章のここからここまでという風に指し示すことができないものであるのだが・・・?
ただ間違いなくわかることは主題、その小説のテーマの選び方というのはある気がしないではない。たとえば私のロングセラー?KINDLE小説「宗達はじまる」だが、俵屋宗達の創作小説であり、謎多き超有名な絵師俵屋宗達の謎を主題に小説を書けるのではないか?という思いで3年前に上梓したものである。その後それに触発されて?2人の専門小説家が書いたうちの新作は今週の新聞に6万部突破と広告欄に載っており、それを見た私はそれが呼び水になって私の本も売れるに違いないと思った。案の定、ここ半月の売れたページ数は最近見ないくらいのカウント数で驚いた次第である。
しかし、私の本はいたって真面目なアプローチで間違ってもカラヴァッジョと対面するなどというような奇想天外なシーンはない。いわゆる、これもありかな?というリアリティの部分の面白さを狙った物語である。しかし、真実は絶対分からないだろう。であるなら、こうあってほしいと書いたことだから面白いのであろう。私は宗達がボンクラなどとは決して思わない!
本考の読者諸子!この本、確か1101円と少々高額だが、お読みいただければありがたい。売価が細かいのはドル建てなのでこんな金額になっているだけである。
                                  泉利治
2019年12月16日

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