ブランドワークス

Column

日々近々

 本来、リタイア組であった私が3年ばかり昔のような仕事に取り組んだ。今秋、やっと解放されて身の回りを見てみる余裕が出てきた。考えてみれば当初、最後の地にしようと思い選んで転居した土地だけのこともあって、近辺に目が向くようになった。
 私の住む場所は谷戸という地形で山の谷あいの平地が奥に細長くあり、そこに住宅があると言った場所である。この谷戸に何軒、家があるか数えてことはないが、50軒くらいなのではないか?著名な作家がこの景色を細長いふくろに石を詰めたような、と言ったそんな感じなので奥に行く一本の道の両側に沿って家がある。したがって、ここにいる人たちがどんな人なのかが分かることになる。この谷戸は行き止まりの地形なので見知らない人が通り過ぎる道ではないことから、自然と馴染の人ということになる。

・・・あの家の奥さんが認知症になってしまい、この度どこかの施設に入ることになり、ご主人が一人で暮らしている、自転車で買い物に行った際に時々出会うとお互い挨拶をするようになった・・・また、あそこの御主人はあまり表に出ない人だが朝に散歩に行く以外は、自動車で買い物に出かける程度で、結婚した息子が大きくなって年に何回か遊びに来るようなのでその時は家中が活気づくようであり。幸せな家庭の典型かもしれない。・・・向かいの御主人は自動車の運転が好きなようで午前と午後に毎日ドライブをする。この辺りは海があり山があるので遠くに行かなくともドライブは楽しい。私が市内に出かけると必ずと言っていいほどその車を見かける等々・・・
 また、少し離れたお洒落な家に夫婦二人で暮らしていた人がいた。奥さんは快活な人で私をシャーロックホームズさん呼ぶような人であった。というのは昔、ロンドンに出かけていたころ、琺瑯でできたBAKER STREET 221Bの銘板を買ってきて、門の扉につけているのでそれを見て、そう呼ぶようになったのである。このご夫婦は私の家をベンチマークしているようで道端からみえるぶどう棚が気にいって自分の家の庭にもぶどう棚をつくった人たちであった。そんなことからこのご夫婦を私も気にしており会うと挨拶を交わしていた。しかし、ここ何年かめっきり会わなくなり、いつからか道で会うのもご主人だけになってしまった。そんなことから何かと気にはなっていた。
 何回か暗くなってからミニバスで帰還した際に彼らの家の前を通ったが家の中に奥さんの姿が見えずご主人だけがテーブルの同じ場所に座っている姿しか見えない。その家はモダンな家のつくりで居間とダイニングテーブルがガラス張りなので夜などは明るい室内がすっかり見えるのである。そこにはいつも、ジッーと座っている御主人の姿しか見えない。  
この三年間、私は仕事でそれどころではなかったがその間に奥様が亡くなられたのかもしれないと思った。そう考えるとご主人の変わりように納得がいくのである?とは言っても早合点は禁物である。以前、上の家の奥さんが見かけないので何かの際に勝手に判断して?奥様が亡くなられて何年位になるのですか?と聞いたらズーと温泉治療をしているので現在は熱海の病院にいますよ!と言われて平謝りをした記憶があるからである。
 
歳をとると誰もが外に出ることが少なくなるようである。いろんな理由からなのだがやはり、体力的なことがあると思う。また最近では高齢者の運転に対して厳しくなったので自動車でも出かけにくくなった。私の運転もどうも世の中から監視されているようで嫌な感じがする昨今のドライブ事情である。
 高齢者が増えて谷戸の町にこんなことも起きる。もう12月であるが、最近、クリスマスのイルミネーションをする家がめっきり少なくなった気がする。少なくとも10年前はこの谷戸の一本のメインストリートの両脇のイルミネーションはそれなりにクリスマスの華やいだ雰囲気を出していた気がした。それがここ数年、2、3軒くらいしかやらなくなったのである。現に私の家もここ3年くらいやっていない。このクリスマスイルミネーションのモチベーションは基本的に子どもが小さいと、子どもたちと一緒に親が頑張るのではないかと思う。したがって、子どもが巣立ってしまうと老夫婦二人が行うのは何ともしらける。
 それとやはりあのイルミネーションは結構手間がかかり、設置する際に高いところに登ったりするので、それなりの老体にとっては危険なこともある。また、取り外しは年末年始の厳寒の中の作業なのでこれもかなり負担になる。
 
私がこんなテーマを書いたきっかけは何といっても今年はわが町内の世話役をやっているからであろう。私の担当地区には12所帯の家があり、その人たちに回覧板を回したり、ゴミ袋を渡したり、新しい転居者には町会費を支払ってもらうような交渉をする仕事を一年間担当することになったからである。この役は12所帯の持ち回りなので12年間に一度来る計算になるがこれまでは家内がそれを行っていたので今回からリタイアした私がその役を担当することになったのだ。
 定年後の男性が地域社会になじめないことが何かと問題にされたことがあった。地域に溶け込めない男性、それこそ30年も同じところに住んでいても近所の人と没交渉の男性のことである。近所とつながらなくともフェースブックでつながっている人はまだいいが、私の年齢の人でフェースブックで他人とつながっている人は何人いるだろうか?つくづく思うのは町内とはまさにリアルな繋がりの原点なのだ。
もう、この町内の仕事も今月いっぱいで終了する。でもお蔭で近所の人たちと世間話ができるようになったのだが、この人たちが昨日ランチで何を食べたか、どこに旅行に行ってどんなものを見てきたかは知らなくとも、不思議とその人を見かけると何となくその人の現在を察することができるのである。
                                     泉利治
2019年12月2日

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