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Column

三島由紀夫と川端康成

 この偉大な文学者に何かとゆかりのある地に住んで30年を超えた。たとえば川端康成は鎌倉に住んで、書斎代わりに使っていた逗子マリーナで亡くなった。三島由紀夫と言えば彼の作品「春の雪」で鎌倉文学館である旧前田侯爵邸を使っている。何かと関係の深い地である。こんな二人の強烈な共通項は共に自死をしたことである。
 この二人は共に昭和の真っ盛りに亡くなった。三島は昭和45年、川端は昭和47年である。それにしても世界的に偉大な作家を立て続けに失ったことはその二つを体験した、われわれ世代の人間にとって忘れがたいものになっている。漠然とそんな思いにかられたのは京都を舞台にした小説でも読んでみるかということで水上勉の「雁の寺」「五番町夕霧楼」を読んだからである。図書館でこの二つの本を借りるには全集になる。単行本があるとは思えなかったが、最初に驚いたことは図書館で水上勉の区分けがないことであった。結局、係りの人に訊くと昭和文学全集25を教えてくれた。もう水上勉でさえ過去の昭和作家になってしまったのである。背表紙を見て本を探せる人は現代の作家のみなのである。
 
“妓楼“と聞いて分かる人は70歳を過ぎた人たちであろう。「五番町夕霧楼」の出だしを読みながらそんなことを考えた。
鎌倉建長寺の奥まった山を登り切ったところに半僧坊がある。歳のいった人にはちょっとした高さである。その道すがらと登り切ったところに小さな玉垣がいくつも並んでいる。その玉垣にはそれを寄進した人の名が刻んであるが○○桜というのがことのほか多いことに気づいた。その時、それらのほとんどは遊郭に違いないと思った。いわゆる東京から横浜、戸塚などの宿場にある遊郭の主が寄進したのであろうと。
 五番町夕霧楼の出だしはここの主人である、酒前伊作が亡くなるところから始まるのだがこんなテーマ自体が昭和なのであろう。昭和とはこのようなローカルな日本が息絶えた時代と言える。今、問題になっている慰安婦の問題などもまさに昭和以前から連綿と続いた文化の落とし前をどうつけるかという話なのである。倫理上の問題や女性の人権の問題などの様々なことは時代が進んでグローバル価値が世界共通価値になって初めて顕在化した問題なのである。韓国の場合はそこに国家のプライドが絡む、その構図は子供時代にいい思いをしなかったうっぷんを大人になって、親にあたっているような構図のような気がしないではない。“過去と他人は変えられない”というがまさに韓国の問題はその変えられない二つについて言われていることなのである。だから出口が見えない。
 昭和という時代が前の時代ではなく、その前の前の時代になって若いころ“明治は遠くになりにけり”という意味合いに近くなったことを水上勉の本を読むことで初めて気づいたのだが、その時、時代を超えた文学者であるだろうと思われる、川端や三島の書いたものからどういう感慨を覚えるのか興味深かったのである。
 漠然と川端康成や三島由紀夫はその能力ゆえ新しい時代についていけない自分に嫌気がさした、もしくは畏怖を感じたのが死につながったのではないかと思ったのである。その時代にはその他に多くの作家はいたがもしかすると他の作家は新しい時代になっても自分は泳ぎ切れるという自負を持っていたのだろう。よく言えば自信があった。悪く言えば鈍感であった。その辺り世界的な作家であるかれらは敏感に己の文学との軽重に関した鋭い感性があったとしか思えない。潔い結論を選んだのである。
 しかし、と思う。今さらながらに思うのは昭和という時代ならではの文学者の死のような気がしないではない一途なものを感じる。当時は気づかないのは勿論だがあれから40年も経つとその時代を客観視できるようになる。昭和とは明治ほど豪気ではなく、大正ほど情緒的ではなく、物事を真正面から受け止めて真面目に考える実直な時代なのである。
 昭和とは敗戦によって謹慎中の日本が実直に事を進め奇蹟ともいえる成長を成し遂げた時代である。思うにこの奇蹟は何によって成し遂げられたかというと私はQCなのではないかと思う。成長のキャスティングボードを握っていたのは工業分野の競争力である。その競争力を支えたコンセプトは高品質ということである。当たり前のようだがどこの国もそれに気がつかなかった。QCは一人の天才が成し遂げられるものではなく現場に働く、普通の社員が知恵を絞り、試行錯誤を重ねて成し遂げられるものなのである。
 その健気な実直さこそ日本をこの地位にまで高めた。少なからず100%昭和の人間にはそのような真面目さと気の弱さに隠れた強靭さを持っていたのではないか。おかしな比喩だが昨日のニュースで流れた、川崎の大量殺人、京アニの殺人等の犯罪を知るにつけ、こんなことをよう出来るな?と思うのは昭和の人間である。昭和の人間にはない枠組みをもって人たちの仕業、遠い外国での出来事のような錯覚を覚えた。単純で実直な昭和の人間には思いもつかない犯罪なのである。
 今考えると三島由紀夫と川端康成の自死の理由は類まれな才能を神から与えられた昭和の人間ならではの仕業のような気がする。文学で世に貢献しなければならないという強烈な使命感とそれに応えられない予感への畏れ、そんな気が今更ながら昭和の典型的な作家の本を読みながら思ったのである。少なからず明治、大正、昭和、平成、令和と5つの時代を体験しているがその中で一番長い昭和は悲しみの谷のような気がしないではない。成長の真っ盛りを体験したと同時に歴史的な悲しみも体験している。しかしよく考えると成長の真っ盛りは明治も同様ではあるが、どちらかというと明治の方が底抜けな明るさがあった気がしないではない。マッカーサーより文明開化の方が明るいに決まっているからだ。
 三島と川端の背景にはそんなどうしようもない昭和のやり場のない悲しみに彩られているような気がしないではない。
                                  泉利治
2019年9月16日

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