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Column

The HOTEL

自分で決めた原稿締め切り日までに何か書かないといけない、ということを本考で何年も続けている。ちょっと油断するとこんなことになる。一番困るのはネタが思い浮かばないことである。そんなとき日本経済新聞の日曜特集にClassic Hotelとして日本のホテルが紹介してあった。その中のいくつかは知ってはいたが泊ったことはない。ホテルニューグランドと雲仙観光ホテル、気に入ったホテルであり写真で見る限り素晴らしい。
 私はどちらかと言うとクラシックホテルマニアであり、スモールラグジュアリーホテルや古城ホテルなどが好みであまり近代的なホテルには泊まらない。海外に出かける時はホテルだけは贅沢にする、したがってその原資をつくるために往復の飛行機は必ずエコノミークラスである。
海外の一流のクラシックホテルは本当に何よりの満足感を感じさせてくれる。この時のために一年間働いてもいいと思うくらいである。
 そんなことから私が選ぶ満足度の高いホテルのランキングを考えてみた。というのは自称ホテルマニアの私はお気に入りの街にお気に入りのホテルを持っているからだ。
ロンドン⇒クラリッジス、パリ⇒ホテル・デ・ヴァンドーム、ウィーン⇒ザッハー、ベニス⇒ヨーロッパ・レジーナ、ハワイ⇒カハラホテル、ニューヨーク⇒プラザホテル、京都⇒京都ホテルオークラ、これらのホテルは競合するホテルと泊まり比べて最終的に落ち着いたものである。よく利用するホテルは部屋も指定するようになったので、意中の部屋が空いていることが基本的に旅行日程決定の条件になっている。
 その中でも特にお気に入りなのはロンドンのクラリッジスとウィーンのザッハー、あとは京都ホテルである。格式、サービス、設備、ホテルストーリーなど申し分がない。そこに画竜点睛のような決め手になるのは私自身に対する特別な体験があるかないかであろう。

まずクラリッジスは「The HOTEL」と呼ばれるこのホテルの本に書いてあるような格別なサービスを体験したことはないが、一度、クリスマスに泊まった時、たまたま外壁工事中で窓から見える景色の一部が見えなかったことがあった。といってもよくあることなのであまり気にしなかったが、一月ぐらいしてクラリッジスから手紙がきて、次にお泊りいただくときは上位レベルにアップした部屋を提供する上に一泊サービスをしますからよろしくお願いしますとお詫びの手紙が来た。そんなことから半年後にまたお世話になったのだが、その約束は果たされた。部屋はジンジャー・ロジャースやエヴァ・ガードナーがお気に入りの前室あるスィートの角部屋で決してゴージャスな部屋ではないが、いかにもイギリスのマナーハウスの一室のような部屋をとってくれていたのである。ゴージャスとはラスベカスにあるようなけたたましく大きなベッドや金色の蛇口の着いた浴室ということではなく、上質な英国風の部屋の設えを持っているという事である。
それ以来何年かはクラリッジスから近況を伝えるプロモーションのパンフレットが送られてくるようになったが、クラリッジスのいいところは売上向上のために本館の規模を大きくしないところなのではないか、簡単に言うと量より質を拡大するということかもしれない。最初のころのクラリッジスにはモーニングを着たエレベーター係がいて、客を迎え、部屋階を聞いて、客が完全に出終わるまで待って言葉をかけてくれたものである。私は何回かこのホテルの常連が紙幣を彼に握らせるのをみて、これが彼の収入の一部なのだなと思い直し次に彼のエレベーターに乗った時には、そうしようと思った。エレベーター係と言っても年配の紳士で別に笑顔で客を迎えるわけではないがその威厳ある態度が妙に価値あるような気にさせたものであった。私は何回か目にクラリッジスに比較的長く泊まることになって、最初にそのエレベーターを利用する時に何も言わずに10ポンドの紙幣を握らせた。面倒だから先渡しをしたのである。
結局、観光客なんていうものは何度もエレベーターを利用するのでそのたびにチップを渡していたのでは面倒この上もない。滞在中、何度もエレベーターを利用したが私が乗ると微かな笑顔と共に何も言わなくとも私の部屋階に案内してくれたものである。その後、彼の姿を見かけなくなり、そしてエレベーター係そのものがクラリッジスで見かけなくなった。面倒だがなんとはないビクトリア朝のサービスが消えたようで妙に寂しかった記憶がある。
考えてみるとあのような年配の紳士のホテルマンのサービスは大変価値があるように思える。ウィーンのザッハーには名物の客室ディレクターがいた。シュバイツァーのような銀色のひげを蓄えた紳士で、にこやかに部屋の鍵を渡してくれたがその他に旅行者の面倒な質問にもきちんと答えてくれるような紳士であった。
何日か滞在して帰る時、彼に別れの挨拶に行ったが不在であった。私は髭の仕草をして、彼にお世話になったことを伝えてくれと言ってホテルの前で空港までのタクシーを待っているとそのことを聞いた彼が急いで駆けつけてきて私と握手して、妻にはハグをして別れを惜しんでくれたのである。タクシーから互いに手を振って別れた。それからザッハーには長いことご無沙汰なので彼も退職したかもしれない。今、六本木でクリムトやエゴン・シーレを見られるらしいがそんな思い出より、そんなホテルでの体験がそれ以上の記憶となって残っているのから不思議である。
当時、ヨーロッパで感じたことの一つはいわゆる年配の紳士がたとえば商店の店頭で客と対峙するということを何回か体験した。というのは日本では客と接するのは若い人に限られるからである。ロンドンで気に入った具を入れたサンドイッチをつくってくれた人物は白髪の男性であったがそれがなんとはないスペシャリストに見えて特別なサンドイッチを提供してくれていると思ってしまうのである。
ヨーロッパは日本よりも先に高齢化社会を迎えたのだろうが、そのような年配の人がその年齢ならではの価値あるサービスを提供してくれているような気がしないではない。若い人にはないそのような価値を日本社会が見直す日が来るかもしれない。
本題に戻るとまさにサービスもクラシックホテル並みなのかなと、そのあたりの辻褄が合うことに妙に感心してしまうのであった。
2019年7月1日                          泉 利治

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