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Column

サーカスが町にやってきた

 こんな童話のような話が今進行中である。サーカスが10年後に市役所が建つ予定の空いた土地にテントを張ったのである。まさか、家から歩いていけるところにサーカス小屋が建つなんて!ということなのだが。スタートしてゴールデンウィークに入る前の平日に観に行った。
 しかし、町に来るサーカス団なんて私の世代ではなんとはなく暗いイメージが付きまとう。というのは私の子供時代。親が子供を叱る場合の怖がらせる決めぜりふがサーカスに売ってしまうぞ!という脅し文句が必ずついて回ったからだ。そんなこともあったので当時、町に来たサーカス団の中に子どもを見つけると“あの子、きっと悪いことをして、売られたんだな・・・と子供心に思ったものである。でも、本当にそんなことがあったのだろうか?あの時代には今では考えられないことが平気で行われていた気がしないではない。
 
我が町に来たPOPサーカスは小屋というよりテント張りのその名の通りPOPなデザインのテントで数日で組み上げたようである。席数は1000席くらいはあったようだ。以前と言っても30年近く前に見たサーカスはその10倍くらいのボリショイサーカス?だったので、それに比べると規模的には10分の一くらいのような気がしたが、その差は後で考えるとPOP サーカスの方は動物が全く出ない、マルチーズくらいの子犬が一匹でだけであったのでその違いかなと思う。
 たしかにあのステージでは象が一匹でも上がろうものなら、人間は身動きできないであろう。それに動物連れでは簡単に地方巡業なんて無理である。また、固定費は想像を超えるものになるだろう。象がいては移動するのも大変である。その点人間は簡単である。バスが一台もあれば全員が隣町に行けることになる。電車移動でも可能だ。このサーカス団は外国人が主体のサーカス団なので私世代の人間が考えるなんとはない悲哀や暗さは全くなかった。
というのは私の町はずれのサーカスの印象はよく縁日とかにでる”蛇女“のいる小屋となんとはなくつながるからだ。蛇女の入場料は意外と高くて子供は見られなかった気がしている、呼び込みのセリフがこうだ・・・親の因果が子に移り・・・こんな姿になってしまったということなのだろうが一種の奇形の姿を見せる見世物なのである。
サーカスと蛇女が結び付いたのは日本ではなんとなくそんな共通の下地があったからなのだろう、いわゆる興行というのは何とはないそんないかがわしさと悲哀がどういうわけが結びついている。そして、そこにいわゆる地元のやくざ等が絡む、となると確かに発展するわけはない。日本において昔ながらの地方興行が成り立っているのは相撲くらいなのではないか、
相撲はサーカスとは違いクレジットがある。つまり”国技”という触れ込みがあり、それに神事という侵しがたい権威的なものが付くので、基本的には社会的に確立している。またNHKの看板番組であり、天皇陛下名の賞牌を授与するという崇高な儀式が根付いているのでサーカスや蛇女とは明らかに違う、その上、このたびアメリカ大統領杯まで5月場所のみ授与するというグローバルな儀式まで組み込まれるようになった。
 
日本ではサーカスがあまり発展しなかったが外国では独自な発展をしたようである。
私の子ども時代のサーカス団の団員はみな日本人なのだが我が町にやってきたサーカス団はみな外国人で東洋人はどうも中国人らしい。ということで外国のサーカス団らしいと思ってネットで調べると興行主は大阪にある日本の企業でどうも日本全国を回っているようである。かなり、ビジネスライクなこの会社のこのサーカスは日本では唯一の全国興行が打てるようで調べると私がしらないだけで10年近く前から、全国で公演をしていた。
この会社が独自なルートを使いサーカスメンバーを世界から集めて個々に契約するのではないか?そう言えば、メンバーの募集もやっていたようであったがまさに企業経営としてのサーカス事業である。
 サーカスというカテゴリーの壁をぶちやぶるイノベーションをやってのけたのはシルク・ド・ソレイユなのではないか、かれらはサーカスから芸術的パフォーマンスへとシフトした。サーカスはどちらかというとアクロバティックなことが売りだが、シルク・ドの方はバレエのような美しさを売りにしている。

 考えてみればサーカスとは本当は楽しいものなのだと思うようになったのはディズニーの「ダンボ」を見てからのような気がしている。その中で一番印象に残っているのはサーカスが町から町へと移動する際に使うファンタスティクな汽車である。世界のディズニーランドのどこにでも必ずある園内を周遊する汽車はこのダンボの汽車なのである。あんな汽車に乗ってみたい、子供なら皆そう思うに違いない。そこはウォルト・ディズニーである、ディズニーランドの中でその夢をかなえてくれた。多分、かれもそう思った子どもの一人なのではないかと思う。あの映画を見てから、たしかにサーカス観は少し変わったが、よーく考えるとダンボというのも奇形の象が基本的にテーマなのである。蛇女よりは可愛いことは確かなのだが?
 これから、サーカスのようなリアルなパフォーマンスはこれまでより発展するのではないかと思われる。というのはやはり、原寸の人間の迫力は映像で見るそれとは明らかに違うからだ、そこには単にスペクタクルを超えた何かがあるのだろう。とくにSNSも含めて現代人はあまりにも映像漬けだからである。そんなことの勘違いが現代の病巣の原因のような気がする。しかし、生身の人間が演じるものはやはり胸を打つものだ。たとえばPOPサーカスの音楽担当は4人くらいの演奏者の生演奏なのだが、その中の一人はギター、サックス、フルート・・・などを使い分けて演奏するのだ、そんなところにエラク感心をしてしまった。POPサーカスを見に行くときは是非、双眼鏡を持参で行くとより楽しめる。空中ブランコのパーフォマーの真剣な表情を見ると、この入場料は安いと思ってしまうだろう。
                                文責:泉利治
2019年6月17日

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