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Column

身銭を切って学ぶこと

少し時間に余裕が生まれるといろいろと書きたいテーマが出るものである。70年も生きてくると記憶さえ確かなら、自分の膨大な体験と比較できる様々な出来事や気づき、教訓、発想等が出るからである。今回のテーマはどんなことを身銭を切って学んだかという事である。
 むかし・・・という言葉で始まる書き出しが多くなったのでこれをやめて?
私が千代田区六番町で働いていた頃、家人の影響でお茶に興味をもった。よって裏千家の宗名を持つ家人と私の共通の趣味は自ずと茶道具を中心とした美術品になる。茶道具のほとんどはいわゆるプロダクトなのでたとえば一つの茶釜を家人は茶道のしきたりやセオリーの観点から見るが私は純粋にプロダクトデザイナーという視点から見る。したがって、二人が気にいった茶釜は私にとっては形、テクスチュア、表面に刻まれた文様などで“好い”と判断するが家人はそれが茶事暦のどこで使えるものか、大きさや形が茶室に合うかどうか等で判断する。
しかし、茶とは総合芸術であり、そこにあるモノがいわゆる宇宙と同期しているものであるとの前提で成り立つものなのでその茶釜の価値の真実は家人のような視点で判断することが正しいと思われる。
 千代田区六番町の近くには茶道具を扱った美術商が多くあった。私は昼休みになるとランチをとるがてらにそのような美術商の店に立ち寄ることが多くなった。それが加速された要因に我が家を新築する際に、その一室に茶室を設えることになったからである。
私は家人の意見を聞きながら茶室を設計した。こんなとき何事も本物志向をめざしてしまう性格なので普通の和室に炉を切って、床の間を作るなんて言う中途半端なものではなく、独立した茶室の空間をつくり上げようという気になって、それならということでいろいろ考えた挙句、平三畳向切りの茶室を考え、それに見合う天井高を確保して、躙り口を作り、小さな床の間を作り、挙句の果ては“栞庵”という名前を付けて、扁額を自分で彫って掲げたのである。
茶道の神髄はコミュニケーションである。つまり、亭主と客人が茶を通じて心をつなぐことが目的なのである。一期一会とはその瞬間に心を通わせる最高の演出をする事を言っている。
こんな話がある朝顔の季節、豊臣秀吉が利休の茶室の周りの朝顔が見事だという噂を聞いて、ぜひ見たいものだということで早朝に利休に茶を所望することになった。朝、秀吉が来る時刻になると利休は茶室の周りの生け垣に咲いている朝顔を全部、取ってしまった。
秀吉が茶室に来ると噂に聞いた朝顔が一輪もない。なんだ?と思い茶室に入ると床に見事な朝顔が生けてあったという話である。利休は見事な朝顔は茶と共に味わってこそ秀吉の目的にかなうことなのだと考えたのである。まさに一期一会の最高の表現である。
そこで利休は朝顔にちなんだ話が弾むような茶道具を取りそろえて演出しないといけないのである。たとえば主役の朝顔が映える花瓶がないといけない、朝顔に因んだその時の話にふさわしい掛軸が必要である。そんなことから、茶わん、茶壷、水指・・・すべての道具がその時に交わされるコミュニケーションの小道具として機能させるために組み上げなければならないのである。したがって、そんな時が春夏秋冬、24時間起こるとしたらどれだけ道具が必要なのか想像がつくであろう。
そんなことで本格的に茶道をやろうとしたならばそこそこの数の道具が必要なのである。
私は家人から茶道の基本を教えてもらい、そこから様々な話を聞くようになった。たとえば茶道具の価値は何で決まるかというと由来で決まるのである。作家はだれ、いつの時代につくられたものか、だれが持っていたものかなどで見事な由来のものは数千万円の単位で取引されるだろう。しかし、工業デザイナーである私はプロダクトのそのものが気に入るかどうかで選ぶので、好みと価格が購入のための決定条件の双璧になる。
私の特技はどんな道具でもたちどころに好き嫌いをはっきりさせることができる点であろう。デザイナー特有の直感のようなものである。したがって、こんなことがしばしば起きる。私は香合が好きであった、可愛い大きさの蓋物の器に様々なデザインの絵柄等が施されたものは大変魅力的なものであった。そんな香合に東京美術倶楽部の正札会で出会った。作家名を見るとなんと「乾山」と書いてあるではないか!これは尾形乾山の作か、としたら由来も申し分はない。私はすぐに買い求めた。その経緯もまた骨董の世界の古典的な取引方法で驚いたのだが、買った後に分かったことはその乾山、実は尾形乾山ではなく、2代目乾山の作であることが判った。二代目乾山とは野々村仁清の息子である。いわゆる乾山のサインは人のサインから乾山カンパニーのブランドに変わっていったのであった。
「乾山」ブランドの創始者は尾形乾山であることは間違いないのだが、その後、乾山焼と称した一派が乾山ブランドを名乗りその後も連綿と続いたということで少し勉強すればわかることを私が知らないだけであった。したがって、尾形乾山と勝手に思い込んだ私の落ち度であり、乾山の作品をいくらかでも見たことがある人なら、その絵図付けを見ればどう見ても尾形乾山でないことは分かる。したがって、これは偽物を掴まされたということではなく明らかに私が美術の常識がなかったということであった。
私は結局135,000円という身銭を切って尾形乾山に関したことを学んだことになる。同じようなことを、1000万円以上も使って何回も学び直した古美術商の話を聞いたことがあった。今その店がどこかわからないが、高齢の美術商の店に入った時、その店には李朝の白磁の大きな壺が飾ってあった。かれは李朝の壺が好きらしかった。店に入ってそれらの壺などを見て回った時、どんなモノを探しているのかと訊かれた。私は何かの茶道具を探していると答えたようだった。それから話は目利きの話になり、いわゆる真贋を見極める目を養うには高額な偽物を掴まされなければ身につきませんよという話であった。そうやって、だんだんと目が出来てくる。彼に言わせれば、ただ、書物や美術館でいくら見ても実践的な真贋を見極める目などつかないということであった。要するに500万円出して買った壺が偽物で5万円の価値しかないことを知った時の悔しさ、ふがいなさが、愚かさと自分の知識や自信が495万円の経済的損失と相まって自分を押し流したというのである。
 何事もそんなものかもしれない。私がそこまでいかないのはそんな経済的な損失をしたわけでもないし、あくまでの精々、その5万円程度の身銭しか切っていないからなのだろう。しかし、それなりに楽しむことができるのが茶道の妙味である。
                                文責:泉利治
2019年4月15日

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