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Column

思考実験

私がクリエイティブな仕事をしてそれなりの実績を残していたとしたらそれは思考実験の習慣があったからである。この思考実験はホンダに勤めていた頃、アイデアが出ないことで胃を痛めていたことから回避するために生まれた方法であった。
 ヒントはアインシュタインの方法論である。そして、その思考実験は寝起きがイイとか、布団の中で考えるとか、葉巻を吸いながら考えるとか云うのは多分に私独自なものであるが、相対性理論を説明するのに列車を使った話や、宇宙空間が曲がっているということから重力場方程式を考え出したヒントは光のロケットで旅をするアインシュタインの思考実験から生まれたものである。いずれにしてもクリエイティブな仕事をしたいと思う人はこの思考実験をする習慣を身につけるといいと思う。
 何でこんなことを言い出したのかというと、昔の出来事をあれこれ思い出すと何とも腑に落ちないことが気になったためである。昔、といっても60年近く前のことであるが、年寄りにとって思い出は若者にない唯一の思索のキッカケであることは間違いない。
その昔、テレビ番組で「ローハイド」という人気西部劇を何年にもわたって放映していた。私と同年齢の人なら知っていると思う。この番組からデヴューした最も有名な人はクリント・イーストウッドである。この人がメジャーになったのはこの番組ゆえである。ローハイドのヒットでクリント・イーストウッドは何回か日本に来ている。あの当時から彼は今と同じカッコイイ俳優であった。
 しかし、今回は彼の話ではない。したがって、クリント・イーストウッド演じるロディ・イエーツではなく、ウィシュボンという、このロディとそのメンバーの食事を作っていたコックの話である・・・・ここまで話して気づいたのだがローハイドという舞台設定の話をしないとこのあたりの話はつながらないと思うので背景を説明するが、この「ローハイド」という西部劇はいわゆるロングドライブをするカウボーイが主人公の物語なのである。ローハイドとはそのカウボーイがズボンの上にはく革製で袴状の、いわゆるプロテクターのようなものでカウボーイの足を保護するためのものであり、布製のズボンの摩耗を防ぐ目的でカウボーイが、ズボンの上に着けるのである。また、ロングドライブとは3000頭近くの牛を何千キロも離れた消費地、いわゆる市場に運ぶための運搬のことを言っている。20人近いカウボーイのチームがそれを請け負うのである。
 この一団は何日もかけて様々な困難に遭遇しながら何千キロの離れた市場まで運ぶのが仕事なのだが、その間に起こる様々な出来事は想像がつくと思う。しかし今回のテーマはそのチームに付随するコックのことである。ドラマでは剽軽なコックであるウィシュボン爺さんと助手のマッシ―がその役回りなのだ。私は朝、目が覚めるとそのウィシュボンの仕事について考えたのである。かれらだけは幌馬車で一団と行動を共にして、カウボーイ20人の朝、昼、晩の食事を提供するのだ。食事はいつも同じで見るところ、一皿に盛った豆を主体としたシチューのようなものとパンとコーヒーだけである。
 朝起きて突然、考えたことはパンはどうしたのだろうかという事である。シチューは何となく想像できるがどう考えても1870年頃のアメリカの原野にパン屋はあるわけはない。それに、あの頃は街にもパン屋があったがどうかわからない。自分の家でパンを焼いたに違いない。
 ではパンはどこで、いつウィシュボンは焼いたのだろうか、多分、カウボーイが夕食を終えた後、ウィシュボンたちは何日分かのパンを焼くのだろう。それにしても薪で焼くことができるパン焼き器とはどんなものなのだろうか?
しかし、60年前の記憶でウィシュボンがパンを焼いているシーンは記憶に残っていない。あったのかもしれないが、そんなことは10歳かそこらの男の子の記憶に残るわけはない。また彼らはどこで?いつ?料理を作ったのだろうか?それ等を無理なく筋道立てて考えると多分、こんなことだろうと思われる、つまりフェイバー隊長から事前に昼、どこでランチをとるのか、次の夕食、野営、朝食をどこでとるのかを聞いて、先回りをして彼らの食事等を準備して待つのであろうというのは現実的な話である。
 カウボーイたちと一緒に着いたのでは腹をすかしたカウボーイの怒りを買うのは間違いないからである。食器類はブリキ製のものであったようだ、カウボーイはそれぞれ皿をもってウィシュボンの馬車の周りに集まって、皿にシチューとパンを入れてもらっていたようだった。カウボーイ達は自分でやかんからコーヒーを入れて思い思いの場所、地べたに座って食事をしていた。
いろいろ考えるとこの一団の中でウィシュボン達だけ一団とは違って、先回りをしていたり、所定の仕事をし終って後から一団を追いかけたりしていたのではないか?また、ウィシュボンの調理作業で一番の難関はパンをつくることのような気がした。そこであらためてパン作りを調べるとそんなに大きな装置の必要はないようだが発酵させるのに時間がかかるようだ。また、パンを焼くオーブンも必要である。薪で使えるオーブンは当時あったかもしれない、したがって馬車に詰めないことはないかもしれないが、どんなモノなのだろうか?そんなオーブンを調べようとしたがネットでもわからなかった。
そんな時、ネットよりも凄い情報源は我が記憶と我が家の蔵書群である。私はパン焼き機のヒントとして1742年に発明されたフランクリンストーブを思い出した。こんな時代にも立派な工業製品があったのである。Franklin Stove とはあの有名なベンジャミン・フランクリンが熱効率の良いストーブを発明したのであるが、そのことがJoy Doblinの書いた「優れた工業製品の100選」の最初の製品として紹介されていることを思い出したのだ。ローハイドから100年も前の時代にこれだけ立派な工業製品がアメリカにあったとしたならば多分、馬車に積むことができるパンを焼くためのオーブンぐらいは発明されたに違いない・・・・・!
60年前の記憶の思考実験は何となくそんな結果だが、今考えたようなことを当時の私が考えて、思索を深めていたとしたならば多分、私は今より少し頭がよくなっていたのではないかと思う。なぜならば、そのレベルからその後の60年の積み重ねがあったからである。思考実験は基本的に人間の高度の頭脳のみが生み出すことができる人間ならではの行為であることは間違いない。ネットで調べる前に思考実験をすることだ、この二つのコラボレーションは人類を進歩させるに違いない。AIもかなわない人の能力で。
                               文責:泉利治
2019年4月8日

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