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Column

四年目のチェロ

この2月で私のチェロ歴は丸4年になる。それでも和音もまともに鳴らない。たしかにこれは難しい楽器である。ほぼ毎日、最近は1.5時間練習に費やす。いつも、もう少し練習時間を増やしたいと思いながらその時間を終えることになる。趣味の楽器であるのだが趣味にならない。趣味とは自分の好きなことを楽しんで持続的にやることであるとしたならば、傍で聴いてつまらない、単調な練習でも淡々とこなしていくことが趣味になりつつあるとはどうしても思えないだろう。
 そんな中で一つの救いは念願のバッハに行き着いたことである。バッハに行き着いてそれがどうしてもうまく弾けない理由が基礎にある事が分かり、この一月ぐらい左手の指使いの練習に明け暮れている。左手の親指を曲げないと出せない音がたくさんあるし、アルペジオをスラーで弾けないのである。4年もやって中の2本の弦をまともに押さえることができない、したがって音が出せないというのがチェロ難しさである。ピアノだったらだれでも最初から音は出せるがチェロはそうはいかない。難しいとは聞いてはいたが最近これがそうなのだなと思うようになった。
 それと最近、それに輪をかけて面倒なのはポジションが変化することである。ポジションとは左手の位置が変化することである。たとえばピアノの一つの音符は一つのキーでしか出せないがチェロの場合音によっては4つある。一番細いA線の開放音はその隣のD線にも、あるし、その隣のG線にもあり、そして最も太いC線にもあるという事である。曲によってその4つのAの音を使い分けるには左手のポジションをずらして使い分けることになる。
 初心者は第一ポジションだけの練習をする。私は4年かかってもそのポジションを終えてはいないのだ。別にサボっていたわけではないが現在、教則本を順序だてて練習して、次のポジションに行くにはあと2か月くらいかかりそうである。弦楽器がむずかしいと言われる理由の一つがそんなところにある。たとえばピアノが全く弾けない人でも考えられる音の全てを人差し指一本出すことができるが、チェロの場合人差し指一本で出せる音は4本しかない。しかし厳密にいうと一本もない、というのは右手の弓をつかえないからだ。弦楽器がむずかしい理由の一つである。
その理由の一つは進歩を拒んでいる楽器だからだ。つまり人が改良できない唯一のものがこの楽器なのだ。現在のチェロは1600年代後半から1700年の初めのころから確立したと言われている。つまり、300年間全く進歩してない道具を使わないといけないのが難しさの根本的な要因である。現在、人間生活でそんなものが生き残っているのは弦楽器と人間自身しかないのではないか、ピアノだって他の楽器だって所謂、科学の手が入り何かと改良されるからだ、最近は人間自身も遺伝子研究の発達で人間自身を改良しようと思えばできるようになったらしい?
 弦楽器は人間生活の中で数少ない、進歩が許されない約束で成り立ったものである。そんなことを書いてしまうと何となく、なんで好き好んでということになる。なんでよりによってこんな世界に紛れ込んでしまったのだろうと考えることもあるが、多分に音楽コンシャスの血があるからだろう。まったく興味を示さない人もいるからだ。
 人生で何かやり残したことがないだろうかと70歳近くなって考えて、最初に思ったことが弦楽器をやっていないということであった。その時いくらか浪費を許されるお金と意志と体力と時間があったのでこれに飛びついたのだがこの苦労は予想以上であった。その行き着く先は見えないが少なからず楽譜通りにバッハが弾けるようになるに違いないという儚い期待は持っている。ただそれが何の意味があるのだろうかと考えるが、そんなものが人生なのだと最近は考えることで封印している。
 私がやりたい楽器の始まりはパイプオルガンであったことを時々思うことがある。そんなことからYouTubeでパイプオルガンを聴く機会がある。そのキッカケはそれらがヨーロッパのどんな村の教会にもあり、その美しい村や町と結びついていることにある気がしている。教会のオルガニストになってそんな村で一生を終えたらさぞかしいい人生なのでないかと考えたのである。現在ならばその夢の現実性は高そうだが50年前は考えが及ばない。オルガンをどのようにマスターするのか、ヨーロッパにどのようにしていくのか、どうやって教会のオルガニストなるのか・・・
 そんなことが巡り巡って現在のチェロがあるとしたらその源泉にバッハがあることは間違いない。何かのきっかけでカール・リヒターが弾いているトリオ・ソナタのバッハのレコードが間違いなくその原点にあった。そんな彼の言葉をここに掲げよう。
 「生前のカール・リヒターは絶えず働き通しでした。かのマルティン・ルターは、1546年2月16日にアイスレーベンで最後の文章を書き上げましたが、それが発見されたのは、彼の死〔同年2月18日〕の2日後のことでした。10日ほど前、リヒターは彼がいつも持ち歩いている紙片を私に見せてくれました。それは、ルターが書いた(前述の)ラテン語の文章で、ドイツ語に訳すとこんな具合になります。『ヴェルギリウスの牧歌を理解しようと思うなら、5年間は羊飼いをしなくてはならない。農作をうたったヴェルギリウスの詩を理解しようと思うなら、やはり5年間は農夫を体験しなくてはならない。キケロの書簡を完全に理解しようとするなら、20年間は国の政治に携わらなくてはならない。聖書を十分に理解しようとするなら、100年間は、預言者、バプテスマのヨハネ、キリスト、そして使徒たちとともに、教会を指導していかなくてはならない。それでもあなたは、自分を神の代理だなどと思ってはならない。そうではなく、額(ぬか)づいて祈るべきだ。私たちは、言ってみれば物乞いなのだから。』カール・リヒターは、このルターの文章についてこう言いました。『生きている限り、私は音楽を学び、音楽を自分に叩き込まなくてはならない。ただ単に暗譜するとか、芸術的に演奏できるようになればいいというのではなく、文字通り完全に。』カール・リヒターは、そんな生き方をした人でした。これほどの精神をもった人がかつて存在し、これからも良き模範であり続けるのは、私たちにとってこの上ない励みになります」
この言葉は1981年2月20日に55歳で亡くなったカール・リヒターの告別式で語った盟友のフルート奏者オーレル・ニコレの言葉である。
 バッハのチェロを理解するためには最低5年はかかる?としたならばもう一年は頑張ってみよう。もう少し伸びる気がしないではないが・・・
                                  文責:泉利治
2019年2月25日

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