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Column

師走

 昨年はどんな年であったか・・・?一年中師走というような年であった。それを感じながら毎日を過ごしたのである。私の書斎と言ったらよいのかオフィスと言ったらいいのか分からない仕事部屋は山に向かった東側の出窓の前にある。その出窓にいくつかの物品が置いてある。もっとも象徴的なものは多分フランスのものと思われる大理石の胸像。この美しい美女の胸像のモデルはクレオ・ド・メロードという高級娼婦ではないかということをかなり前に本考で書いたがその脇に本が並んでいる。この本は現在、読書中の本であるということになっている。が、この一年間全く手に取ることができなかった。その一冊がブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」である。こんな本を読む人物を想像してほしい。
 だれもがその名前が知ってはいるものの滅多にその本を読もうとする気が起きないのではないだろうか。この本はアマゾンで買ったものなのだが、実際にその本を手にした時、まずのそれが想像以上に大著であることに驚いた。どう考えてみてもドラキュラの物語を映画で見る限り精々5ミリ程度の厚さの文庫本を想像していたからだ。この本のボリュームは優にその4倍もあり、ぎっちりと書かれている。たかだか、あれだけの物語(映画で見る限りなのだが)なので何を書いているのだろうかと思わざるをえないが、まだ最後まで読んでいないので何とも言えないがこの本は作中に出てくる多くの人の日記、手紙、手記などで構成された本である。その中に出てくる有名な人物がヴァン・ヘルシングである。この本は1897年(明治30年)に書かれた本なので明らかに古典に属する本で、これだけ回りくどい本は現在のような忙しい読者がいない時代だから成り立った本ような気がしないではないが、この、日記、手紙、手記などで構成されたこの本は当時のシズルなドキュメンタリー本だったのではないかと思うようになった。つまり、この瞬間だから面白い話なのである。一般的には来週になったらつまらない話である。たとえば少し前に亡くなった樹木希林さんの手記は今が旬であり、もう来年の今頃にはだれも読む気にはならないだろう。
 吸血鬼ドラキュラはそんな構成だけの大著なのである。したがって、100年以上の異国の世間話など面白くないので何とかしてくれないかということで生まれたのが映画なのであろう。だから、それらの映画はどこをどう脚色したのか分からないので私などはその原書を読むと驚いてしまうのであるが、当時の英国の読者にとっては週刊誌を読むような感覚で通読できたのだろうと思われる。
 現代人でこれを通読できるのはこの本をもとにこのような怪奇文学の研究をして学位論文を書こうとしている学者志望の若者か、ともかくドラキュラが好きで好きでたまらない好事家以外はとてもじゃないが通読できる代物ではない。
 ということで毎日が師走のような今年一年はこの本を一回も開くことはなく、横目でその表紙を見るだけで終わろうとしているのだ。それにしてもこの一年は人生で一番忙しい毎日を送ったのではないかと思われる。考えてみれば一人で3つのプロジェクトを動かしていること自体がむずかしいのかもしれない。以前なら一つのプロジェクトに最低4人のスタッフがついていた。私、オペレーター、サブプランナー、マネージャー。基本的に私は考える人。サブプランナーは調査研究をする人、マネージャーはプロジェクトの進行管理である。
 現在の立場であると今足りないのはサブプランナーである。以前はサブプランナーの他にオペレーターがいた。これは私の資料等を精緻化する役割を担っている。昔なら、私が手書きで書いたチャート類を清書する人である。そのプロセスがないとスライドでプレゼンテーションできないことになる。単なる走り書きを値千金の戦略提案のように演出する人といえる。またこの人は私の文章のおかしなところや誤字脱字、英語のスペルミスなどを修正してくれるのだ。
 現在、ややもするとその役目を私一人で担うことになる。たしかにインターネット時代になって物理的には時間をかければその役割を一人で担うことはできるが、やはり時間はかかることは間違いない。多分そんなことから、毎日が師走なのだろうと思われる。
 年齢もあるのかと考える。たとえば以前、どんなに忙しくともデスクの脇のソファーに座って30分くらい仕事とは関係のない本を開く時間くらいはあった。現在、仕事とは関係ない行為は本考を書いている時くらいである。これは日記のようなものでこの時期にこんなことを考えていたというようなことの全く個人的な記録で、それでありながら多分に前回の「デザイン経営」のように仕事を異なる視点から考えるようなものになる。
 今日は26日でこれから2人の人物と会う予定で銀座もしくは麻布十番に行く予定である。本当はその前にBUNKAMURAミュージアムで「ロマンテックロシア}を見に行く予定なのだ。ここにはあの「忘れえぬ女」がかけられているからだ、以前、本考でもこの絵のことは紹介したので覚えておられる人はいるかもしれない。なんとも現物を見てみたいと思うような絵は滅多にないがこの絵は一度だけは現物を見てみたいと思う絵の一つである。
 そんな気になったのはこの絵のパワーであろう。トランプショックのおかげで株価が下がり正直それどころではないはずなのに、これだけは見逃せないとおもうのだからよほどのことなのである。

 この考は新年初の考になる。正直、今年も忙しそうである。70歳を超える人の仕事は物理的には大変だが心理的には比較的軽いはずであるべきなのだがそうではないのがいかんともしがたい。先日、70歳代は高齢者とは呼べないと言うような記事を新聞のコラムで見かけたが、それはその二つを指しているのだろうか?つまり二つを担うべき年代であるということなのであろうか?いずれにしても今年もいろいろありそうだ・・・・

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