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Column

式神

 この表題で内容が分かった人はかなりの専門家でもごくごく限られた人と思われる。しかし、近年もしかするとアニメの愛好家の中では常識なのかもしれない。ということから安倍晴明をWikiで調べると出るわ、出るわ。今から1000年も前の人物がこれほど現代人にとって身近な存在とは、と思わざるをえない。調べると当時から卓越した能力を持っていた人物であるらしく、陰陽道という神秘的な一種のサイエンスは当時から多くの人、とくに当時、日本における最高権威者である何人のもの天皇から認められたその実力は空前絶後のものだったようである。そういえばあの羽生結弦選手も安倍清明に扮して史上最高点をたたき出したことを思い出した。
 式神とは安倍晴明のアシスタントで安倍晴明の意志を実現させるためにいろいろ陰で仕事をする神であるらしい。私がこの存在を知ったのは京都の秋と春に開催する特別拝観できる寺の一つの清浄華院という浄土宗のお寺を見学した際に、そこに伝わる重要文化財の絵巻「泣不動縁起絵巻」の中に出てくることで知ったのである。

この絵の右端に二人?いるのが式神で職神とも言うらしい、要するに様々な仕事をする神なのである。何らかの供物をおいた台の後ろの火の前で祝詞を上げているのが安倍晴明である。その反対側にいる妖怪の類が、どうもこの絵巻の文脈から見ると病魔らしい。この絵巻は師の病気の身代わりをすることになった弟子の話を聞いた不動明王が涙を流したという逸話の物語を絵巻にしたものである。ともかく、よく考えるとこの絵はすごい絵であるというのは病魔はウィルスであり、現代に生きるわれわれは電子顕微鏡でその形を見ることができるがすでに500年以上も前にそのウィルスを図化したのだからすごい画家のイマジネーションである。そう考えると右端の式神とは一種の薬であり、抗生物質のようなものであろう。現にそれは式神と言える。ちなみに「式とは“用いる”の意味であり、使役することをあらわす」からである。最先端医療とは強力な式神を作り出すこほかならない。間違いなく病魔退散を祈る安倍晴明の行為は方法論の違いだけで、現代の医師がやっていることと同じ意味を持つからである。
 
この絵は上質な、厚い、それでありながら光を通す和紙に描かれている行灯の絵である。後ろのピンク色をしたものは多分、妖怪の一種の「百目」に追いかけられている式神の絵であろうと勝手に想像して偶然、京都のコーヒーショップの片隅で見つけたものである。ショップの主人いわく、そんなに古いものではないですとの話なのだが手練れの絵師?が書いたものであることは間違いない。ただ、実際のところこれが式神かどうかはコーヒーショップの主人も分からず、値段もついていなかったので“いくらですか?“と聞くと、この時、一緒に買った2000円の皿と同じ値段の2000円と答えたので私は久しぶりの骨董の掘り出し物を買った気分で意気揚々と帰ってきたというわけである。
 私にしてみれば式神の絵が手に入るなどということはありえないことなのであるからだ。
ただ、この式神について本考を書くにあたって、これは私が片手間の知識で書けるような代物で無いことが分かった。というのはこの手の話は一山ある分野だからである。いろいろ調べて分かったことは水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」や宮崎駿の「千と千尋の神隠し」などもこの手の妖怪物のアニメであり。その起源は中国にあると言われているが、絵画として完成させたのは日本の大和絵師のようである。
 これらの妖怪絵巻いわゆる「百鬼夜行図」は偶然、熊本の美術館でこのような絵巻を見たことと俵屋宗達の本を執筆していたころ、國學院大學に「奈良絵本」を見に行った際にいわゆる付喪神の絵巻を見たことがキッカケである。“つくもかみ“とは家庭内にある鍋やまな板やタンスなどが妖怪化したものの絵巻なのだが、これを神と呼んでしまうのが日本人の宗教観の凄いところである。一神教の西洋諸国では考えられない。日本人は森羅万象に神が宿るという考えを持っているからだ。したがって、それゆえ日本人はモノを大事にするのかもしれない。このような宗教の萌芽が現代の私たちの観念を形成する基盤にあるからである。西洋人は億を超えるストラディバリウスには神性を感じるかもしれないが台所にある鍋の神性は考えることはできないだろう。
思わぬところまで発展した論考になってしまったがこのあたりまでが限界である。

泉利治

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