ブランドワークス

Column

経営戦略コンセプトの表現

 一例としてコーポレートブランドのロゴについて、GAFAのロゴタイプを思い出してみよう。その事業の斬新性の割には50年前のスタイルのデザインである。しかし、その時代時代でグラフィックは日々変わっている。GAFAビジネスの革新性の割にはロゴタイプがえらく保守的とおもわざるをえない。世の中にあるコーポレートブランドのデザインはスイススタイルと言われている、端正な、普遍的な、シンプルな書体であり、多分、半世紀たっても古さを感じることはないであろう。デザインの本質とはそこなのであり、ファッションとのわかりやすい違いである。
一時の僥倖に恵まれて生まれた会社でもその企業を永遠に発展させたいと思うものだ。その思いがスイススタイルのロゴで構成された企業ブランドをつくることになるのではないかと思われる。それはその企業のありたい姿をそのまま物語っているからなのである。 
 昔の同僚でジャーナリズムの仕事をするようになった人物と仕事をする機会を得た。仕事を変えると人格も変わるような気がしないではないが、仕事に対する姿勢、考え方が激変した。たとえば経営のコンセプト等に対する考え方もジャーナリストにとって、重要なのはまず新しいことがもっと尊重される。その新しいことが来月には古くなろうが、間違っていようがお構いなしなのだ。言い放ったあとそれを採用するのはそれを採用した人の責任なのでお構いなしなのだろう。責任は私ではないということになる。 
 以前、CIの会社で仕事をしていた。その会社はその分野では日本でナンバーワンの会社であった。プランニングからデザインまでをこなす、実力派の会社であったが、一部のデザイナーからはデザインが古いと言われていた。デザインの斬新さがないからということなのだが、反対にCIという分野のデザインに経験のないデザイナーに手にかかると、なるほど、その時の旬のデザイン表現を駆使して斬新なデザインをするが、2,3年もするとなにか昔流行った、デザインで古いなと感じるのである。
 このようなことは何もデザインに限ったことではなく、あらゆる分野に存在するリスクになっているのではないかと思われる。経営戦略でも同じようなことが起きる。たとえば、マイケル・ポーターの戦略の考え方はもう通用しない、古いと言われるようになった。この場合はポーター本人が懸命に火消しに走るがそうでないと多分、そのような雑音が真っ当な意見になってしまい昔の考え方というようなレッテルを貼られてしまうのだろうと思われる。
 新しいものは何となくよく見えるものなのであるが、結構フェイクは多く、多分、世の中の新しいものの9割方はフェイクなのではないか?たとえば、流行語大賞である言葉が流行るとこの言葉はある事象を表すのにこれ以上の言葉はないような印象をあたえるので
 ずーと使い続けられるのではないか思われるが半年もしないで使われなくなり、その一年後の今年の流行語大賞が発表された時、去年はこれでしたと知らされた時に初めて、そんな言葉が去年の流行語大賞だったのかと思い出す始末である。そのうえ哀しいかなその流行語を作り出した本人も最近テレビでも見ないね、ということがほとんどなのだ。ようするに新しいものを採用する危険度の高さである。
 経営戦略という視点から新しいものを採用するにあたって取らなければならないスタンスは採用しようとする、考え方、デザイン、表現が10年、20年と持つものなのだろうか?という視点なのである。でないとこの会社のモノはすぐに古くなってしまう、ということになり、信頼に足る会社ではないという烙印を押されてしまうからである。
 そう考えると信頼に足る会社のコーポレートブランドのロゴはほとんど変わらないことが分かるだろう。今、読者の頭に浮かんだ会社のブランドロゴを思い出してほしい。ほとんど昔のままである。昔、CIブームの時、一時の流行で変えなくともよい企業のシンボルを新しいものに変えたがそのほとんどが無駄になっている。あのころ、その分野に未経験なフツーのデザイナーがロゴデザインを手がけた。それらを今は見かけることもないが、決していいものではなかった。
 ではどのようにして会社は表現の新しさを取り入れたらよいのか?その答えとして見事な考え方を持っているのはコカコーラである。企業を表す表現を分解して、それぞれに異なる使用期間と役割を与えて定期的に新しいものに変更していくのである。コーポレートブランドロゴ、サブエレメント、企業メッセージ、一年限りのタレントなどを組み合わせて企業がいかに時代と同じ歩みをしているのかを消費者に伝えている。たとえば今のCoca-Colaのロゴはもう50年来変わっていないのではないか?ちなみにサブエレメントとはCoca-Colaの下についているウェーブラインのことである。
 企業は時代と共に歩まなければならない、理想的には半歩先を行くくらいが丁度良い。その間合いの取り方が経営戦略の極意なのである。そう考えると誰もが手がけられるものではないことが分かる。

泉利治

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