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Column

売れない本

 私は5冊の本を世に出した。とエラそうなこと言っていると思われるが、そんな大それた本ではない。一冊はハードカバーの退職記念号ともいえる自費出版の本。後の四冊は電子書籍でどう見ても4冊で1000部売れているかどうかの程度である。しかし、男子として生まれたからには世に問うべき思想のようなものがあってもいいと思い書いたが、取り立てて独創性のある点からいうと、本「慎慮と洞察」の方が独創的な思想がある気がしないではない。ただ作者のおすすめは?と言われても、それぞれ5冊思い入れのある本で、事前の調査・研究もそこそこ行い、それなりに面白いと思われる。とくに電子書籍は小説という形態をとったので楽しんでもらえるかもしれない。
 その中で面白いはずなのだがいまいち売れない本が一冊ある。それを売るためにタイトルを3度、紹介文を4度書き換えた。昨日、4度の目の改変を行った。一度目のタイトルは「北極点」というタイトルで紹介文ではあらすじを書いた。ところがネットで紹介されるのは北極の自然科学の関連のところで紹介されるので、それが売れない理由なのか定かではないので少しフォーカスを変えて、一般的に知られているテーマであるナチスドイツに絡んだところに絞り、タイトルを「血の系譜」というタイトルにしたが、これが良くなかったどうも格闘ゲームに同じようなタイトルがあり、そんな中で埋没してしまい、イメージがおかしくなってしまった。これじゃ、売れるわけがない。変更しなければならないと考えたがあまりいい知恵が浮かばない。変えるきっかけになったのは電子出版の際の手続きががうまくいかなかったようで、裏表紙や目次、はじめに等が抜けてなんともみっともない内容の本になっていたことが分かったからだ。これでは書籍とは言えない状態であった。
 電子書籍で出版するために専門の手続き会社があるくらいなので私の年齢の人にはかなり難しい技術なのかもしれない。たとえば表紙などもデザインして載せないといけない。そうするとピクセル数が規定以上でないといけないとか面倒なことがあり、その試行錯誤でもういいやということになってしまう。
 今度のタイトルは「北極のかなたへ」というタイトルで表紙にはダグラス・フェアバンクスJr.のスチールを使った。また、このタイトルはかれの主演映画70年前に封切りされた映画の「絶壁の彼方に」に引っ掛けている。その軍服を着た彼のスチール写真は著作の中の宿命の中で生きるドイツ人のイメージにかなり近いのだ。
 このタイトルが行き着く先だったような気がした。というのはこのドイツ人がこの世で生きていける安住の地は北極の彼方だけなのだ。私はこの人物の安住の地を探るために北極圏をストリートビューで何日見て、灰色の北極海が見える美しいコテージを探し当てた。様々な方向からその場所をみてこの家を訪ねた時、どこにBMWのX3を止めたかなどを検討して夕闇が落ち始め、雪が降っている情景を思い描いた。そんなことを考えると不思議なことに何か月かするとその記憶が現実と区別がつかなくなるのである。遠い昔の実体験をした記憶のようになってくるから不思議である。
 例えばこの本ではベルゲンから半島沿いに北極圏に近づくのだが、そのドライブはまさにストリートビューの得意なところである。私は70キロ近いドライブをコンピューター上で走り始めた。信じがたいがそこで出会う車は勿論、人もほとんど見かけることがなかった。まず、ハイウェーに店もない。勿論自販機や看板も見かけない。絵にかいたようなカラフルな家がポツンポツンとある。北欧の人たちは群れるということをしない民族なのかしらと思ってしまう。ただ、生活の豊かさだけは伝わってくる。しかし、日本人には寂しいかもしれない。このドライブは結構楽しいものである。
 それ以上に私は殊のほか翻訳本を好むのでこの機能は非常に助かると言っていい。たとえばロバート・ゴダートの本などを読んだときは作中の殺人事件の現場の描写がそのままストリートビューで見ることができるし、ブラジルからきたある人物の過去を語る下りになると私はイギリスから数秒でブラジルに飛ぶことができるのである。ブラジルのそのあたりの出身者なら上流社会の婦人に間違いないというような作者の思惑が彼よりも先に分かってしまう。
 まあ、どこに国でもそうだがその街を見るとそこの人たちの暮らしぶりが分かるし、階級も分かることは間違いないからである。日本は比較的平均化されていて、現在はほとんど区別がつかない。たとえば鎌倉も私が引っ越してきた30年前にあった大きな屋敷などは相続の関係かもしれないが一軒の邸宅が現在はマンション一棟になったり、6軒の建売住宅になってしまうのである。
 諸外国はいまのところそのようなことはあまりない気がしないではない。信じられない大邸宅を今でも見ることができるからだ、シャトーではなくて!一般的な住宅で、である。そんなことを考えると小説を書くとは妙に楽しみが多いものである。居ながらにして世界の隅々まで行けるのである。

泉利治

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