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Column

日々是好日

 フェースブックで知人がインドアサイクルを75分やってきましたとの話、それではこちらはアウトドアサイクルとしゃれこむかと思い、考えてみれば半年、いや10カ月ぶりにキャノンデールで出かけた。そんな時のコースはだいたい決まっていて、鎌倉中央公園を抜けて、葛が原岡神社→銭洗い弁天→由比ガ浜通り→坂の下→由比ガ浜→滑川→若宮大路→御成り通り→鎌倉駅西口→亀ヶ谷切通し→北鎌倉駅→神明社。とこんなコースをのんびり行くと2時間くらいのコース。どちらかというとオンロードとでも呼べるようなコースである。ところがオフロードコースというのもある。葛が原岡神社から大仏坂に向かうコースなどはかなりハードで極楽寺まで林道を走ることになり、一部かなりのトライアルテクニックがないと降りきれないところがある。
 例えば源氏山に上がる化粧坂という歴史的名所があるがここを自転車で下りるという道義的な側面を無視して30年間、何度もチャレンジしたが下まで自転車から降りないで到達したのはたった一回で、歩いて降りるのも難儀するような岩場なのである。もう歳なので骨折必須なので挑戦不可だが、もう少し若ければまだまだチャレンジしたいコースである。
 また鎌倉アルプスと呼ばれる天園ハイキングコースも自転車で走るのは面白い。アジサイ寺と呼ばれる明月院の脇道を抜けて鎌倉アルプスに入り私は十二所の鎌倉霊園に出るコースである。そこから報国寺、浄明寺、鶴岡八幡宮を通り始点に戻る。これは体力が必要なコースで20歳若くないと辛いかもしれない。
 私が鎌倉に引っ越すきっかけになった理由にヨーロッパ中世歴史家の堀米庸三氏の本を読んだことが大きな理由の一つになっている。東大の教授であったかれが大学紛争や研究テーマであるヨーロッパ中世史、家族のこと、住まいのある鎌倉のこと等を書いた本でその中で「鎌倉の藪歩き」の話を楽しそうに書いていた。かれはその頃、今から考えると覚園寺に向かうあたりの二階堂に住んでいたのではないかと思われる。あのあたりは平山郁夫さんも住んでいて、鎌倉らしい風情を持った地域のような気がしている。かれの奥さんのお墓を覚園寺につくった話などが本書かれており、それを読んでから一度、鎌倉に出かけて藪歩きを試してみたいと思い。友人と試みたがそれが意外と面白かった記憶がある。本当に本に書いてあった通り、藪を抜け出たところがよそ様の庭先だったからだ。そんな、都会でも、一般的な山歩きでも体験できないことができるのが鎌倉の山なのである。
 
 我が家の目の前は山であり、この原稿を打つのをやめて、顔を上げると山の緑が飛び込んでくるようなところである。私の住んでいる山崎は鎌倉の山の始まりであるから山崎と呼ばれたという説もあるが確かに都心から来ると私の家から鎌倉が始まるのである。
 鎌倉の山崎は京都の山崎と同じ意味合いを狙っていることは800年前の鎌倉の為政者も考えたのだろうか?京都の宝積寺を模した鎌倉宝積寺が昔、我が家の近くにあったという。そんな様々なことを調べると確かに郷土史という分野も面白い気がする。歴史がリアルな面白さなのではないか。ただ、鎌倉は京都などとは違い時間的には孤島のような歴史なのだ。また、ここには文化が生まれなかったので深みがない。私などは明治以降の鎌倉の方が日本に対する文化的貢献があったのではないかと思うくらいである。
 そんな中で唯一の可能性が宅間派の活動である。先日、彼岸の墓参りの帰りに大御堂橋という標識を見ると報国寺の奥にある宅間派の工房兼住居から歩いて程よい距離であり、そのころの鎌倉の新しい文化の杵音が聞こえたのではないかと思われた。このあたりの物語はいずれ何かの形でまとめたい気がしている。まだ、だれも書いてないテーマなのではないか。
 時間的には俵屋宗達の時代から300年近く遡るかもしれない。多分、下調べで2年はかかるだろう。その前に吾妻鑑でも読んでおいた方が良いかもしれない。
 
 今年の夏はあまりにも暑く、その上、忙しいこともあり自転車で出かけることが滅多になかった。あと、体力も落ちてきているからだ。考えてみれば鎌倉に越してきて一月もしないでマウンテンバイクを購入した。そのころマウンテンバイクを街で見ることはほとんどなく、出始めの頃であった。一般の自転車店で購入できなくてその頃、繁盛していた藤沢の東急ハンズにまで買いに行ったのを覚えている。鎌倉を選んだ一つにマウンテンバイクを乗れるということがあった気がしないではない。その予想は裏切られることはなかった。山、海、史跡と鎌倉は自動車で回るより徒歩か自転車で移動するのがふさわしい場所である。

泉利治

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