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Column

TOPGUN

映画好きにとってお気に入りの映画はあるもので、TOPGUNはその中の一つである。戦争映画ではなく、戦闘映画である。TOPGUNとは最高の戦闘機パイロットに授けられた敬称でこの映画の中ではトム・クルーズ演じるマーベリックが最後に獲得した名誉なのである。この映画が好きな理由はただ、戦闘機が好きなだけである。熱烈な平和主義者からみるとトンデモナイ奴と思われるかもしれないが、主義主張やイデオロギーとは別次元の概念である小さな男の子が持っていた自動車や汽車が好きという単純な理由がそのまま70年間持ち続けているだけである。
 この映画の中ではF14という珍しい可変翼をもった戦闘機が主役である。ライバルのミグ23?との戦闘シーンを見る限り、機体は倍もあるのではないかと思うくらい大型で空中戦は不利なような気はするがトム・クルーズパイロットの下ではミグを3機撃墜する。大型の割には戦闘能力があるのは可変翼の採用の結果らしいがエンジンも2つなので推力はあると思われる。
個人的にはF16がお気に入りの戦闘機で何といっても機体が美しい。設計者がF16 は現代のゼロ戦であるといったのがその理由になっているかもしれないが、いろんな意味でゼロ戦のような万能性を持っていることは確かである。
 私が戦闘機を好きな理由の一つはその開発プロセスの面白さである。いわゆる図面上の性能と現物の性能というよりパフォーマンスが必ずしも一致しない面白さである。たとえば戦闘機にとって旋回性能は空中戦で重要な機能の一つであるが、F16などは出来上がって飛ばしてみると思った以上に旋回性が良く空中戦においても有利であり、それだけでもベストセラー戦闘機の理由になったのである。
 それ以上にF16が魅力的なのはその機体の美しさである。たぶんそこがゼロ戦と一番近いところなのではないか。F4ファントムの醜悪さとは格段の違いがある。ホンダにいた時、エンジニアと一緒に仕事をした時にゼロ戦の美しさと性能についてよく話した合ったものである。たとえばゼロ戦の翼の形状を決めるのに天才設計者の堀越二郎が紙に最も美しい翼の形状を求めて何枚も絵を描いてその中の一つを選んだ結果、それが技術的な基準をクリアした上に信じられない戦闘能力をもった奇跡の戦闘機が生まれたのである。技術の最先端に美があるというのは何とも不思議な気がしたものである。
 たしかに当時のゼロ戦のライバルたちの姿を見る限り何ともこれで空を飛ぶ機械なのかと思うような武骨さである。しかし、ライバルはゼロ戦一機に対して複数の戦闘機で戦う戦術やエンジン性能の向上でゼロ戦に対抗してくるようになり、さすがのゼロ戦も旗色が悪くなってくる。
 今の若い人たちは日本がアメリカと戦争をしたなんて言う話すら信じられないので当時世界最高の戦闘機をつくってアメリカをさんざんな目に合わせたなんていうことは信じられないかもしれない。だが、日本人は突然、このような空前絶後のプロダクトをつくり上げることができる能力があるのだ。先ほどのホンダがF-1で圧倒的な強さを発揮したり、同じホンダが今度は当時不可能といわれた排ガス規制をクリアしたエンジンをつくり上げるなどはまさにリアライズゼロ戦なのだ。そして、ホンダは最高の小型ジェット機をつくり上げた。フォーカスが絞られると日本人のエンジニアというもの、いや、日本人というものは力を発揮するのかもしれない。
 無から有をつくり出す、繋ぎになるものは何だろうかと考えた時に思ったのはイメージする力なのではないかということだ。ゼロ戦設計者の堀越二郎は海軍からめちゃくちゃな要求が書いてある要望書のようなものを出されて、だれが見てもその内容は当時の技術云々というより矛盾の塊であった。たとえば長い航続距離を要求しながら、空戦力高めるというようなことだ。しかし、堀越二郎はその相矛盾する要求を満たしてしまった。ゼロ戦はハワイの真珠湾を攻撃した後に母艦に戻るような芸当をやってのけたうえで、アメリカ軍にZEROと空中戦をすることは避けるべきだといわせるほど空中戦能力が高い奇跡の戦闘機を創り上げた。イメージする力が現実にモノを創り上げるにあたっての基本設計をするのだ。
 情報環境が信じられないくらい発達した現代の最大の問題は人がイメージすることをスポイルしてしまうことを助長することにある。イメージするより前に検索してしまうからだ。そうしたらそれまでの知見がまことしやかに書かれている。フツーの人ならばそこで思考が停止してしまうだろう。先日、ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑教授が教科書を信じないことNatureやScienceは8,9割が嘘を書いているということは確かに言えることで、そんなことを信じていたら新しい発見や発明ができなということなのだ。
 
 最後にTOPGUNに戻ろう、私が戦闘機が好きな理由は事前の情報やシミュレーションではわからない、現物をつくって飛ばしてみないとわからないことだらけであるということだからである。与えられた条件の中で自分が担える部分を頭においてイメージする力が尊重される世界が好きなのであるし、そこが創造の世界のロマンなのである。アインシュタインが光のロケットに乗って宇宙空間を飛び回っていた時、重力場の方程式にヒントを得て、空間は曲がっているというようなアイデアを得たりすることである。

泉利治

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