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Column

観音信仰

 観音信仰とは観音様を礼拝の対象とするスタイルを持つ信仰形態である。仏教を信仰すると言っても広すぎて対象が茫漠とするので焦点を絞ったもので、野球でジャイアンツが好きだが応援するのは上原とか阿部というようなものと同じなのではないかと思われる。私の祖母などは地蔵信仰である。キリスト教でもマリア信仰とか、12使徒の裡の誰かなどわかりやすい対象を信仰するということなのだ。
 本考の観音信仰とはキャノン信仰と言い換えたい。一昨日、打ち合わせ前にパソコンで作った提案書を印刷しようと思ったらプリンターが動かない。理由は何となく想像がついた。このキャノンのプリンターあまりにもインクカートリッジが高いので、自分でカートリッジのインクを補充して、操作ボタンを長押しして使っていたからだ。要するにキャノンにとって好ましくない使い方をしていたからだろうと思われた。というのはそれに何となく気づいてカートリッジを正規のモノに変えようとしたがカートリッジの交換ができないようになっており、あくまで修理に出す指示なのだ。要するにそのような指示でそこで修理代をとろうとしているのだろう。
 キャノンのプリンターのビジネスモデルは任天堂が発明したビジネスモデルを悪用しているとしか思えないように忠実に再現している。つまり、赤字覚悟でハードを安く売り、
 超高価なカートリッジを売って儲けるというやり方だ。たとえば私はキャノンのプリンターMG3630という洗練されたデザインのプリンターを6980円で購入した。ところがそこのカートリッジはブラックが2119円、カラーが2360円なのだがこれらのカートリッジで印刷できるのはネットで見ると144~180枚の範囲らしい。30枚つづりの提案書を印刷したら5人分しか印刷できない。4479円で5人分の提案書ができることになる。インクカートリッジはアッという間に空になる。そうなると大変、ヤマダ電機に走ることになる。
 このようなビジネスモデルを発明したのは私が知る限りで任天堂である。ゲーム機本体を赤字覚悟で安く売り、後で面白いソフトを次々本体所有者に売りつける。そのソフトは高いが次々に買ってしまう。しかしそれは高いだけの理由はあるし価値があると思う。しかしキャノンのインクには正直それだけの理由も価値もない。同じものだからである。
 それ以上最悪なのがそのカートリッジが細工できないようにカートリッジ自体に記憶させる一種の高価なメモリーが付いており、どうしても新しいものを買わないと使えないようにできているのだ。これを見るとキャノンはなんと世の中の潮流に反したことをやっているのではないかと感じる。エコトレンドに反しており、お客様第一に反している。
 安いプリンターを買わざるをえないユーザーからお金を搾り取るようなビジネスをしているのである。これはビジネスモデルを悪用した詐欺商法ではないかと思わざるを得ない。私は今回の件をいいきっかけとしてキャノンプリンターを粗大ゴミにすることにした。
 ここで冒頭に戻ると観音信仰の最大の理由は観音という女性の神の無限の優しさに対する弱い人間のすがりたい気持ちがそのような信仰を生み出したのではないかということである。マリア信仰も同じで人間の最後の拠り所である母性信仰である。キャノンのオリジナルネームはKANNONなのである。命名者は観音様のような優しさを持った会社にしようという理想をもって名付けたネーミングなのであるがいつの間にかCANNON,大砲、機関砲に代わって人々の懐に大砲をぶち込む存在になってしまったのである。
 私は以上のような理由から36504円という、以前のキャノンプリンターの5倍以上の値段のエプソンのプリンターを購入したのだがそのスペックを目の当たりにして、いかにキャノンが悪賢い?ビジネスをしていたのかが分かった次第なのである。
 
 しかし、書斎兼オフィスにエプソンをおいてみるとキャノンと比べるとデザインがかなり落ちるのである。セクハラ覚悟でいうならば美形の妻と離婚して、心から私のこと第一に考えてくれるが十人並の容貌の妻を娶るというようなことだろう。また、何となく美形の妻を簡単に手に入れられたのは銀座にあるクラブの客として通っていたので意外と簡単に結婚できたようなものだが、結婚してみると殊のほか贅沢で金がかかったというようなことだ。ところが二番目の妻はしっかりした家庭で育てられた女性だったので、本人以上に両親の厳しいクライテリアを突破しないといけないという難しさがあった。どちらがいいのかは何とも言えないが私はしっかりした堅気の家庭で育てられた妻を娶った方が最終的に充実した人生を送れるのではないかと思っただけである。
 外見に惑わされな!と言われるかもしれないが、私はデザイナーという側業柄どうも外見に弱いキライがある。自動車などもまずデザインで選んでしまう。その後スペック、価格、ランニングコストの順なってしまうがこれは致し方ない。このあたりで得た満足感は本当に気に入った場合、10年経っても50年経っても使うたびにその満足はヅーと続くのである。10年というのは自動車のBMW330Xiを指しており、50年とは腕時計のENICA Sherpaを指している。特に後者のENICAの腕時計は見事である。19歳の時母から買ってもらったので53年間になるのだが見事なまでに私の腕で正確に時を刻んでいる。美形の世話女房という男にとっては最高の存在なのだ。それに比べるとBMWは美形だが少々お金がかかるという存在のようだ。多分に誇らしさまで感じさせてくれる分、満足はある。しかし、キャノンのプリンターにはそれもなかった。残った感情は一言。もう騙されないぞ!

泉利治

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