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Column

 夏は四季の中で最も嫌いな季節である。だいたい暑い季節は人間を馬鹿にするという観点からである。それに不愉快で不快である。38度もの暑さが一週間も続くなんていうことは異常であるにしても、今年の暑さは尋常ではない。
 最近のニュースを見るとこの暑さは命をも奪うらしく、昨日も私くらいの老夫婦が自宅で熱中症のため亡くなったといニュースを違和感なく聞いた。そもそも熱中症で死ぬなんて信じられないとのことから話半分と思っていたのだが、そのメカニズム、いわゆる死に至るメカニズムが知りたくなった次第である。ということで「熱中症で死ぬメカニズム」をそのままネットで打つと大塚製薬がそのままの文言でヒット・・・読んでなるほどと思った。死ぬと意識しないで死んでしまうのは何とも合点がいかない。
 大塚製薬はさすがにわかりやすく説明してくれた。この企業とはとかく相性がよかったので重宝してもらったと言える。運よく創業商品とでもいえるオロナミンCという商品の基本戦略というような聖域の仕事もさせてもらった。その記念すべき商品ロイヤルポリスは例のセルフコントラストマーケティングの考えを創業者に説明して世に出たような商品だからだ。私以上に担当者が驚いて、それ以来、特別待遇になったような気がしたものだ。
 
 夏っていいのかなと思うのは寺尾聰の歌を聴いている時くらいである。この寺尾聡は私と同世代なので何かと波長が合うのだろうか、国民的ヒット曲の「ルビーの指輪」を今でもよく聴く、彼の歌は車との相性がいい気がする。多くの歌の歌詞に自動車が登場するからだ。また、その中で一番好きな「SHADOW CITY」は自動車関連の会社のコマーシャルソングとしてヒットし、今でもYouTubeで見ることができる。都会×自動車という組み合わせがその頃の私のライフスタイルを上手く表していた気がする。
 その後、30年くらいして彼のヒット曲が入った「リフレクションズ」というアルバムが現代風にフューチャーされて「Re-COOL」というようなタイトルでCDが発売された。それを買ったおかげでBMWに入っているので聴くことができる。当時、ミリオンセラーになった最初のアルバム、いま聴いても飽きない曲ばかりである。どういうわけか自動車にピッタリの曲なのである。リズム等が自動車のスピードとなんとはなく同期している。また、どういうわけかスローテンポの曲も合うのである。
 その中に「二季物語」という曲がある。私の中では三大、大好きな曲の中の一つなのだが、前半は愛していた人が亡くなったという報せが届いて回想に浸る曲でこれは歌詞も素晴らしい。後半はその後、別の女性と海辺のホテルで出会い、愛し合う歌のなのであるが、なんとなく寺尾聡自身の物語のような気がした。というのは寺尾氏の最初の奥さんであったハンブンジャクさんを目黒にいた頃、いくらか知られた日本蕎麦店で見かけて、流石きれいだなとカミさんと話し合った記憶があったからだ。その後、彼女は若くして亡くなり、その報せが寺尾氏に来た時の情景が思い浮かんだからである。
 どのような理由から分かれたか定かではないが、どんな理由があったにせよ、生活を共にした女性が若くして亡くなったことを知った時の気持ちは察するに余りある。その報せを聞いた時、その人との懐かしい様々な思い出が彼の頭の中に去来したのではないかと思われたからだ。人は人との思い出の中で生きていくのだなと思うことが最近、時々、思うことが多い気がしないではないがこれも歳をとったからか?
 車を運転しながら音楽を聴くのは楽しい。この楽しみを教えてくれたのはフランシス・レイだった気がしている。最初に買った新車アコードハッチバック。どういうわけかこの車にはテーマ音楽があったのだ。当時、アコードにはセダンとハッチバックがあり、フランシス・レイはそれぞれに一曲づつテーマ音楽を作曲した。とくに有名なのはセダンのテーマ音楽の「EMOTION」。私のハッチバックの曲はディスコ調の「One of these Nights」この二曲はまさに自動車を運転する気持ちを静かに高揚させてくれる曲である。
 考えてみれば彼はクロード・ルルーシェの映画の曲をつけて有名になった人だが、ルルーシェの映画ではとかく自動車が出るシーンが多かったような気がしている。自動車を詩情豊かに描がかせたら彼の右に出る人はいないのではないか。「パリのめぐり逢い」の感動的なラストシーンも自動車である。余談だがルルーシェの最後の作品?は早朝のパリ市内をフェラーリが200キロを超すスピードで走って恋人に会いに行くドキュメンタリー短編映画である。確かにパリ市内は古い街とはいえ道幅も広く近代的なのだが、それでも200キロを超すスピード走り抜けるのは尋常なことではない。その迫力には圧倒される。サウンドはフランシス・レイの曲ではなくフェラーリのエンジン音だけ。脇を走っている自動車は飛ぶように後ろに流れる。あんな芸当ができる都市はパリとNYくらいだけなのではないか。
 町の中でのカーチェイス、昔はアメリカ映画の十八番だったが最近はヨーロッパの街も舞台になるようになった。アメリカに比べるとヨーロッパの街は階段や坂道など単にスピードだけのカーチェイスだけでなく曲芸まがいの階段の登り降りがあったりするので観る人をアッと言わせる演出を工夫できるのかもしれない。カーチェイスもそうだが何ともスカッとするので何となく夏的である。
 しかし当の私はいたって安全運転を実践するタイプで無理な運転はしない。愛車を大事に使っているので少しの傷も許せないのである。いつもほれぼれするような状態にしておかないと気が済まない。したがって、エンジンも乗る前にはアイドリングをして最善の状態でスタートするのでエンジンも外観以上にほれぼれするような状態にある。したがって3000CCのDOHC6気筒のエンジンはフェラーリ並みにパリ市内を駆け巡ることも可能なのではないか・・・そう。「駆け抜ける歓び」なのだ。

泉利治

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