ブランドワークス

Column

アイデンティティの確立という仕事

 私の半生の生業は表題にある仕事である。アイデンティティとは人間の人格等に関する心理学の分野として確立した。それが人と同じような機能にまで発展した会社組織に応用されてコーポレートアイデンティティ=CIという分野が確立した。その分野は1980年代に日本の企業社会に知られるようになった。私がその分野での日本で最高のCIコンサルタント会社PAOSに入社したのは1984年である。
 その後、私はブランド・アイデンティティ、プロダクト・アイデンティティ、事業アイデンティティという仕事を手がけてきたが、基本的にそれらの共通したテーマはアイデンティティというテーマになる。
 いずれのアイデンティティの仕事のやり方の基本は、あるアイデンティティでは事業が立ち行かなくなったことにより新しいアイデンティティでさらに事業を発展させたいという理由からこの方法を選ぶことがほとんどである。したがって、その基本的な方法論はアイデンティティより先にその事業の問題解決が先にあるといっていい。したがって、その事業提案をすることで事業成功によるアイデンティティ獲得が新しいアイデンティティということになる。
 基本的にその事業提案はその企業なりのそれまでのものから発展したものが基本にあるので、そこにCIやBI の根拠があるといえる。その確信の上に新しい事業で成功するということによって完成するのだが、この文脈からお分かりと思われるがポイントにあるのは事業提案ということになる。したがって、厳密に言えばその会社が新しいことをやりだすということだけで取り立てて理論的な深い意味はない気がしないではない。
 そんな中でその確信的なアイデンティティを確認できるのではないかと思いは初めて、手法として取り入れた方法が歴史分析という方法論である。それは簡単な話でたとえば企業アイデンティティならば企業の生い立ちから現在までの生きざまを調べてその中から対象としている企業の歴史を通して貫いているアイデンティティを探り出すということである。というのはどんな企業でも歴史がある。今では創立100年以上というような企業はざらで、戦後生まれのホンダやソニーでも70年以上の歴史を持つようになったのである。その長い期間を通してその企業のならではのアイデンティティを知るのである。
 
 最近、ある組織のアイデンティティ確立の作業を通して気づいたことは私独自な方法論である歴史分析の手法の理由や根拠は何かということである。
 アイデンティティという仕事は端的に言うと他人に対してあなたのアイデンティティは実はこうなのですよと教えるような仕事なのである。これはかなり面の皮が厚くないとできない仕事のような気がしないではない。まあ、確かに医者は平気で他人の体に対して自分の意見、診断を臆面もなく言い放つ例というのはあるが。なぜ、医者は言い放つことが出来るかというと同じ肉体と精神を持っている人間の体という前提があり、そのことに対して確立された知見をもって診断できるという立場にいる人間だからである。
 しかし、会社は人間の体とは違う。資本金100万円で創立10年の会社と資本金1000億円で創立100年のグローバル企業では全く体も精神も異なると思っていいからだ。私はそんな中で担当する企業の歴史を調べ、その100年間のその企業のアイデンティティの本質を確認するのである。得てしてこの作業を終えた時点でその会社やその組織についてそこの組織の誰よりも詳しくなることが往々にしてある。或る銀行などはその銀行の広報部が大正年間でうちの銀行を支配していた考え方はどんなことなのでしょうか?などということを聞いてくることになる。
 
 今回、ある組織の140年間に関するアイデンティティの歴史分析をおこなって、それをベースとした討論をその組織の幹部と行った。その組織の最大の問題点は現状を打破する方法論としての決め手を欠いているので苦境に陥っているのである。確かに技術的にそのような苦境を脱出する方法論をもっていないことが理由の一つであることは確かなのだが、それ以上にこの苦境を脱出した後の自分たちのアイデンティティが分からないことが最大の壁になっていることに気づいた。
 分からない理由は簡単である。この人たちの大半が現在身を寄せている組織は本当に自分の会社という当事者意識がもてないからなのはないか?要するに私が思うに、単に腰掛的な一時的に身をおいているというよそ様意識が根底にあるような気がしてならなかった。というのは最近のこの手の会社の上層幹部などはもし他の会社からいい条件で声がかかったとしたなら平気で移動してしまう存在なのである。いい条件とは、ポストや収入、新しい会社の社会的な地位やイメージ等で簡単に後ろ足で砂をかけるように移動する人がよく見られるからである。
 私はそんな現実を頭においてその組織幹部のキャリアを調べるとその組織の生粋プロパーの人は誰もいなかった。それは何を意味するかというと、今、自分が重責を担っている組織、会社のアイデンティティについて何も分からないし、苦境を脱出するべき新たなアイデンティティを打ち出すべき根拠も自信もがないからなのではないかと・・・。
 かれらにしてみればこの男(私)なぜ、自分たちのわからないようなこの会社を成功に導く未来のアイデンティティをこんなに自信たっぷりに言えるのであろうかと考えたに違いない。そこで、これはハッタリであり、無知蒙昧のなせる業であるとの確信が生まれ攻撃してくるのである。
 真逆のことを私自身が考えたのだ。なぜ、こんなに確信が持てるのだろうか?
理由は簡単である。この組織の140年間を調べて、この組織がどうやって様々な苦境を脱して、発展してきたかを知っているからである。とくにそれらの時の立役者がどう考えたかをその人物の人生をも詳細に調べ、感情移入までして理解するからだということが分かったからだ。
 その結果はその組織幹部と私は同じ境遇にありながら、私はその組織の未来について語り、確信を開示する大義名分を得たという自信が背景にあるからなのではないかと思ったのである。そして、そのような大義名分を得ない限りこんな提案などできるものではないかもしれないと。アイデンティティ構築を生業にするということはそのようなことではないのかと思ったのである。

泉利治

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