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Column

羅生門

 今年のカンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールを日本人監督が獲得したのが刺激になったというより、「羅生門」の時代設定が平安時代であるというアマゾンプライムの紹介記事を読んでこの稀代の名作を俄然見る気になった。
アマゾンプライムの会員にいつなったのか分からないがある日送られてきた銀行引き落としの連絡はがきに「3900円アマゾンプライム」となっているではないか。これは詐欺と一瞬思ったが何のことかさっぱりわからなかったのでそれについてのコメントを読むと何やらメリットがあるらしい。とくに物を買う際に送料無料というのがあるらしく、そう言えば、何回か送料無料で次の日に送られてくる品物があった。それはたまたまアマゾンの倉庫に在庫があったので素早く、委託手数料もないのだろうくらいに思っていた。
どうもそれらがアマゾンプライムの会員ベネフィットの一つであるらしく、記事には10回かそこら購入すると年会費などチャラになるという。それを知って以来、私はできるだけプライムというアイコンの付いた商品を買うようになった。
もう一つのメリットに無料で映画等が見られることであった。これは映画好きの私には堪えられない。私はあまり話題の映画など見たがらないタイプなのでこのアマゾンプライムビデオというのは最高のサービスなのである。そこでこの名作「羅生門」見ることになったのである。
羅生門とは正式には羅城門と言って平安京の入口にあった門である。それは古代の都の入口にあり、都の中央を貫く道である朱雀大路の最南端にある。その両側に東寺と西寺があり、見事なまでに左右対称の理想の都であった。この羅生門を抜けて朱雀大路の突き当りは大内裏という天皇の住まいがあり、大内裏から羅城門に向かって右側を右京、左側を左京という、その呼び名はいまでも健在である。
私は少し前までこの大内裏が京都御所であると思っていたのだが、実は大きな間違いで大内裏は現在の京都御所よりかなり西側にあった。平安京が完成したのは794年でそれは歴史区分における奈良時代の終わりと平安時代の始まりの年になっている。この理想の都、絵が先行したためか出来上がってから現実的な多くの問題にぶち当たる。その最大のものが右京地区の下部が桂川に接していたので湿気がひどく、人がほとんど住めなかったらしい。したがって、金持貴族はみな東側に移動して住んだため計画通りにはいかず、都は崩壊していったようである。本題の羅城門も980年には倒壊したとあるので、この映画はその頃を舞台とした映画である。980年を年表で見ると平安時代の真ん中にあるので、宇津保物語や蜻蛉日記が書かれた頃の時代であるらしい。名前だけ知っているこれらの作品を映画「羅生門」の原作者である芥川龍之介は読んで創作の想像をめぐらしたに違いない。
私はこの古代の都にいっとき嵌って平安京に関する本を何冊が読んだが、そのミニチュアモデルが京都のどこかの歴史館にあって見に行ったがその都は現代の都市を見なれた目から見るとエラク平坦な都市に感じた。要するに技術的に低い建物しか作れなかったからである。それ以上に1000分の1のスケール模型ではドバイにあるような超高層ビルでないと立体的な都市にはならないのかもしれない。その中でも羅城門は高い建物であった。

映画「羅生門」の舞台は予算の関係からか朽ちた羅城門の前と、いわゆる法廷である砂洲の中と、三船と森雅之、京マチ子がやり合う山の中しか出てこない。というのは時代考証がむずかしいからではないかと思ったので、あらためてWIKで読むとその通りだった。本物志向の黒澤明はかなり原寸に近い羅城門を建てたので約束通りの低予算にはならず、予算管理をしている役職者が左遷されたり、クビになったらしい。
それにしても黒澤の演出は非の打ち所がない、たとえば三船扮する盗賊と侍の切り合うシーンの無様なこと、あの当時は刀があってもそれを使う技術が確立していなかったのであのような格闘シーンにならざるを得なかったのではないか?いわゆる剣を使うソフトと言える流儀は戦国時代に確立したようであるからだ。たとえば剣道の試合、一般的には中段に構えて隙を見つけて一気に切り込む。それで勝負ありでよくみる時代劇映画やドラマのように何度も切り合うなんてなことはない。思いつくままに歴史に残る初期の剣豪、上泉伊勢守、塚原卜伝、伊藤一刀斎・・・などを調べると皆1500年代の人で塚原卜伝だけ1489年生まれとなっている。そう考えると羅城門が倒壊した980年まで500年近くあるわけだから、あのような切り合いになるのも仕方がない。
私があの映画で唯一、疑問に思ったのは森雅之扮する侍の持っていた刀が反りのある刀だったことくらいである。当時の刀は真っ直ぐな刀で三船の持っていた刀のような刀が一般的で反りの着いた形に変化したのはそれ以後起きた元寇でモンゴル人が着ている綿の入った戦闘服の兵士を切るに不都合があったからと言われている。
それにしても平安時代の映画の新しい作品は安倍晴明を主役にした映画くらいであろう。この映画どちらかというとゲームやアニメの延長線上の物語と思われるがそれゆえか、映画化をしても採算が取れたのであろう。仮に源氏物語の映画化を考えるとかなり脚色しても客が入りそうもない、また、その割にはセットや衣装に膨大なコストがかかりそうで採算割れは確実であるに違いない。
事実として平安時代の最大の弱みはいわゆる庶民の生活の記録がまったくないことにある。源氏物語は当時のピラミッドの頂点にいる人たちの物語でしかないからだ。そう考えると当時の庶民を扱ってあれだけの物語をつくり上げた、芥川龍之介や黒澤明の能力は信じがたい。ただ、東宝で「日本誕生」という映画をつくった記憶があるが羅生門を遡ること1000年位の時代であろうか? 

泉利治

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